第34話 バカな人たちだわ


「お客様、困ります」

「うるせぇ。金はないって言っているだろう」

 どうやら無銭飲食をしようという輩がいるようで、アレンはやれやれと言いながら席をたつ。エリーもフフっと笑みを浮かべながらアレンの後をついて行く。

 アレンが店のカウンターに辿り着いた頃には既に無銭飲食をしたと思われる客はおらず、溜息をついているダレンだけが佇んでいた。

「ダレンさん、食い逃げですか?」

「えぇ。三人組の男女だったんですが……おそらく身なり的にどこかの冒険者と思われます」

 その話を聞いたエリーはある人物が頭に浮かぶ。

「アレン、多分私その三人組分かるわ」

「どういうこと?」

「さっきあなたの店に来た冒険者も三人組だったのよ。私を脅して商品を奪おうとしたから追っ払ってやったけど」

 アレンは騎士団団長を脅すなんて馬鹿なやつらだと思いながらも、

「もしかしてさっきの金って……」

「元々はあいつらの金ね」

 エリーは何の悪気もなさそうに答える。アレンは少しばかりその 三人組に同情しながらも店を出て、冒険者達を探した。まだそんな遠くに行っていないはずだと、アレンは左右に首を振り探す。すると五十メートル先ほどに三人組の男女が町民に何やら絡んでいる様子が見えた。周りにいる人々も心配そうにみるだけで何もできずにいるようだった。

「エリー、あいつらか?」

「そうよ! 間違いないわ」

 エリーが答えた瞬間、アレンが勢いよく走り出した。エリーもアレンを必死で追ったが徐々に距離が離れていく。

「全く……アレンといると自分が普通に見えて嫌になるわね」

 そういう言葉とは裏腹にエリーは晴やかな表情でアレンの背中を追った。あと数メートルというところで、冒険者の一人が町民を突き飛ばし、倒れたところに背中に携えた大剣を背中から引き抜き、なんと町民めがけて振り抜いた。

「やめろっ」

 アレンはぎりぎりのところで冒険者の男と、町民の間に割り込み、 左手で振り抜かれた大剣を掴んで止めた。止めた剣を押し返すと、男は情けなく尻餅を付いて倒れる。アレンは振り返り倒れていた町民に手を差し伸べて、起こした。

「アレンさん、ありがとうございます」

「いいですよ。それよりここはもう俺に任せて行って下さい」

 その場でぺこりと頭を下げて足早に去っていった。

「おい、兄ちゃん。かっこつけるのはいいが、覚悟はできて……」

 冒険者の男はアレンの隣にいるエリーに気づき青ざめる。エリーはにやけながら声をかける。

「先ほどはお買い上げありがとうございました」

 感謝の欠片も感じさせない、低い声に男は後ずさる。が、後ろにいた女が小声で耳うちする。

「おい、いくら団長っていっても丸腰だぞ。隣にいる男もなかなか やるようだが、団長より強いことはないだろう。やっちまおうぜ」

 男はアレンとエリーの全身を見渡す。二人は武器どころか、身を守る騎士団の鎧すら身に着けていない。それに鮮血の女神といえば、 圧倒的な剣技で有名だ。魔法が得意という話は聞いたことがなかった。

 隣の男には先ほどは不覚をとったが、全力で切りかかったわけで はないし、たまたまタイミングを崩されて倒れてしまっただけだろう。逆にここで騎士団団長を倒したとなれば冒険者としての格が上がる。そう考えた冒険者の男は不敵な笑みを浮かべ、

「おう、ねえちゃん!」

 エリーは営業スマイルを忘れ、睨みつけるようにして答える。

「なにかしら? また何か買ってくれるの?」

「いやいや、逆だよ。よくよく考えたら元々あの瓶にはヒビが入っていたんだよ。だから金を返してもらおうと思っていてさ」

「はぁ? 今更何を……」

 アレンはエリーの前に腕を伸ばし、言葉を遮る。

「エリー、こいつ等から貰った金返してやれ」

「えっ? いいの?」

「あぁ」

 エリーはアレンの言葉に戸惑いながらも、白金貨の入った袋を投げつけて返す。

「おっ、まじか」

 そういいながら大剣の男はその袋を受け止める。剣を鞘に納め、中身を数えている。

「お前の言う通り返してやったぞ。その金でさっさと飯代払ってこいよ」

 アレンがそう言うと、大剣の男はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべ、

「そっちの団長様と違って、話が分かるみたいだな。だけど足りねぇなぁ。教育のなってない暴力女のせいで腕が痛いんだよ。治療費がいるなぁ」

 そう言うと、後ろにいる二人もニヤニヤと同じように笑っている。その態度にエリーの怒りも沸々と湧いてくるが、ふとアレンに目 をやると、さっきまでと違い、すわったような目で三人組を見ていた。

「ふざけるなよ。俺も暇じゃないんだ。早く払ってこい」

「あぁ! あんなまずい飯に誰が金なんて払うかよ! 払ってほしかったら、お前が先に治療費払え! でないと二人ともここで殺すぞ!」

 めちゃくちゃなことを言う男に、エリーは我慢の限界だった。そして男に向って前に一歩踏み出そうとした瞬間、全身を寒気が襲った。横を見ると、さらに冷たい目をしたアレンが微動にせず立って いた。

「痛い思いする前に言う通りにしていたほうがいいぞ」

 アレンがそう呟くと、

「お前がな」

 そう言って男が躊躇いなくアレンに向けて大剣を振り下ろす。が、 その大剣をひらりとかわし、大きく振りかぶったアレンの右の拳が男の左頬をとらえ、そのまま地面に叩きつけた。男はピクピクと痙攣するだけで、立ち上がる気配は全く見られなかった。その瀕死の男の様子を残りの二人が青ざめた表情で見ていると、アレンが声をかける。

「おい、同じようになりたくなかったらさっさと金を払って、町から出ていけ。二度と来るな」

「「はい‼」」

 二人は全力で店まで走り、ダレンに謝罪をおこない、金を払った。そして意識のない殴られた男を両脇から抱え、町からいそいそと出て行った。この一件により大剣の男は、冒険者を引退することになり、パーティーも解散になったのであった。

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