第33話 お金ならいっぱいあるわよ

 まるで信じていないアレンにエリーは売り上げた十枚の白金貨を出そうとするが、その前に、

「そんなことより早く行くぞ! 俺も少し寝過ごしたからランチタイムが終わってしまう」

 ディーネの言っていたレストランは店を出て十分ほど歩いたところにあった。そのレストランは田舎町には似つかわしくない程豪勢な建物だった。白を基調とした外観は美しく、まるで宮殿のようだった。

「ちょっと、アレン。すごく高そうだけど大丈夫なの?」

「大丈夫、大丈夫。見た目ほど高くないから。でも味は一流だぜ」

「それならいいんだけど……」

 エリーも普段から高級なものを食べているわけではないが、騎士 団団長という立場上、付き合いで一流の店には何度も行ったことがあった。その中でもこの店の外観は五本の指に入るほどのものだった。不安を拭いされないまま、店の中に入る。

 店の中も外観に負けない程の豪勢さを誇っていた。装飾や飾ってある絵画、店員の服装や姿勢、すべてが一流のものに見えた。多くの席が埋まっており非常ににぎわっているようだったが、王都の高級店と違う所は貴族のような立派な身なりをしている客ばかりではなく、冒険者にも見える客や若いカップルなどもいる。皆、楽しそうに食事を楽しんでいるようだった。その風景にエリーは非常に好感が持てた。

「へぇ〜、なんかいいお店みたいね」

「だろ? この店以上の店を俺は見たことがないね」

 しばらく入口の前で待っていると、一人の男がアレンに向かって歩いてきた。料理を運んでいる店員とは違って、白いシャツに黒いジャケットを羽織っていた。

「お久しぶりですね。アレン様」

「久しぶりです、ダレンさん。相変わらず繁盛しているみたいですね」

「いえいえ、これもアレン様のおかげですよ」

 ダレンと呼ばれる男はアレンの隣にいるエリーに目を移すと、

「初めまして。私はこの店の支配人をつとめておりますダレン・リエールと申します」

 礼儀正しく丁寧に頭を下げる。同じくエリーも深々と頭を下げ、

「私はエリー・グレイシアと申します。今日はよろしくお願いします」

「是非楽しんでいってください」

 ニコっと微笑み、ダレンはアレンとエリーを席へ案内する。そしてダレンがその場を離れる前にアレンに耳打ちをした。

「美人で素敵な彼女さんですね」

「そ、そんなんじゃありませんよ! 今日は成り行きで」

 それを聞くと嬉しそうに店の奥に消えていった。

「どうしたの?」

「別になんでもない」

「ふーん」

 しばらくの間二人の間に沈黙が流れ、気まずくなりかけたところにタイミングよく店員の一人が水とメニューを持ってきた。エリーがメニューを開くと王都でもなかなか目にすることのない値段の料理がずらっと並んであった。

「言っておくけど一番安いコースだからな。あんまりお金貰ってないんだし」

 アレンの言葉にはいはいと頷きながらも、あるメニューに目が留 まる。

「ちょっと待って! ドラゴンフィッシュがあるじゃない! これ にしましょう。私まだ食べた事ないのよ」

 ドラゴンフィッシュとは海に生息するドラゴン族の魔物である。 魔物は普通、食用に向かないものがほとんどだが、ドラゴンフィッ シュのように稀に極上の味を持つ魔物がいる。

 しかしこのドラゴンフィッシュは遭遇することすら珍しく、さらに遭遇したとしても討伐難易度がAという恐ろしい魔物である。出会ったら最後。食べるどころか、その場から逃げ出すことすら困難なのである。だからこそ、その価値も高い。最上級の牛でも比べものにならない。相場は店により様々だが、この店では百グラム百万リランという値が付いている。

「いやいや、どこにそんな金があるんだよ。一万リランのコースで決まりだ」

 アレンはメニューをパタリと閉じる。それを見てエリーは不敵な笑みを浮かべ、白金貨を十枚テーブルに並べた。

「そんな金はここにあるわよ」

「さすが団長様。お金持ちだこと。けどいくら貧乏でも女に奢ってもらうほど落ちぶれてないよ」

「大丈夫よ。これ午前中の売上金だから」

 それを聞いたアレンは飲んでいた水にむせてゲホゲホと咳き込ん だ。

「売上金って……一体何を売ったんだよ」

 白金貨十枚ということは一千万リランにもなる。アレンは店を出る前に店内を見回したがそれほど商品が減ったようには感じなかった。

「エーテルを一瓶だけよ。それに売ったんじゃなくて弁償させたのよ」

「弁償……何があったんだよ」

「まぁ、いいじゃない。ほら、お金もあるんだし、さっさと頼んじ ゃいましょう」

 アレンの返事を待たないまま、真っ直ぐ手を上げウエイターを呼んだ。

「ご注文ですか?」

「はい。ドラゴンフィッシュのステーキをください。私は三百グラムでいいわ。アレンはどうする?」

 子供のようにニコニコとした表情をアレンに向ける。それほどドラゴンフィッシュが楽しみなのだろう。アレンはどうにでもなれと諦めたように答える。

「俺も一緒でいいよ」

「かしこまりました。ではしばらくお待ちくださいませ」

 ウエイターもにこやかな表情で姿勢正しく礼をしてその場を離れる。

「いいお店ね。店員の教育もしっかり行き届いているみたいだし。 これだけお客さんが入るのも分かるわ」

「そうだな。客に水をぶっかけたり、お金を脅し取ったりする店員はいないだろうし」

「ダレンさんも定価の何十倍で売りつける店主とは違うみたいだしね。あっ、そういえばダレンさんが繁盛しているのはアレンのおかげとか言っていたけれど、何かあったの?」

「え、あぁ。別にたいしたことは……」

 アレンが答えようとしたとき、なにやら店の入口の方が騒がしいことに二人は気づいた。

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