第31話 いらっしゃいませ、お客様

 皿洗いを途中で諦め、気持ちを切り替え、特にやることもないので早めに店の看板を外に出す。そしてエリーはカウンターに座り、 客が来るのを待った。

 しばらくは黙って座っていたエリーだがジッとしているのは性に合わなかった。カウンターを離れると店内をウロウロと歩き始めた。

「こんな田舎町には似つかわしくないアイテムばかりね」

 以前この店に来たときはゆっくりと見る暇はなかったが、今見ると王都でもみることが珍しいものがいくつもこの店には置いてある。王都のように多くの冒険者や騎士団員がいる町や、高難易度のダン ジョンや魔物が生息する地域が近くにある町ならこれほどの品揃えがある雑貨屋は重宝するだろう。しかしこの町はそうではない。西にはグリズリーの森があるとはいえ、その先を抜けるとサラマンダーの住む火山だけ。東に向かえばグランシーヌ、北側は砂漠に面して南は他国になる。そんな場所にいくのはエリーのように特別な任務がある者だけだ。まさに宝の持ち腐 れというものだろう。それでも貴重なアイテムを入手しようと金を持った貴族や高ランクの冒険者などが来るだろう。

 だがこの雑貨屋の店主はアレンである。決して金を積まれただけではアイテムは売らない。アレンは貴重なアイテムであればあるほど買う為の理由を求める。そして買うに 値する理由がなければいくら金を積まれても売らない。一方、買うに値する理由があればあり得ない程安い金額で売ってしまう。これでは店としては経営が成り立たなくなるのは当然のことである。

 エリーが物珍しいアイテムを手に取りながら見ていると、店の入り口の鐘が鳴った。エリーはその音に反応し、入口の方を向いて、

「いらっしゃいませ〜」

 いつもより高い声を出し、愛想よく挨拶をした。昔、飲食店で働いていたころ散々言われていたことだ。愛想よく接客を行うということがエリーには苦手だったが、その時の経験が生きた。

 入ってきたのは男二人と女一人の三人組のパーティーだった。エリーはどこかで見た事がある顔だと思いまじまじと三人の顔を見る。三人組は店に入るなり、バラバラになり各々が並んであるアイテムを物色している。珍しいアイテムの数々に目を光らせているよう だった。

 エリーはすぐには思い出すことができなかったが、大柄な男の背中に携える鷹の紋章が入った大剣を見てハッとした。グランシーヌを拠点にしている冒険者達だ。しかもグランシーヌの中でも名の知れたパーティーだった。三人はグランシーヌ騎士団の試験を受け、戦闘は文句なしの実力だったが素行の悪さにより不合格になり、その後、冒険者となり新進気鋭のパーティーとして既にランクもBとなっていた。しかし一 般人に手を上げるなど問題も多いパーティーなので騎士団に目を付けられもしていた。

 もちろんエリーとも顔を合わせた事がある。騎士団団長だと分かってしまっては面倒だと思いながらも逃げ出すわけにもいかないので、笑顔をつくりカウンターに立っていた。

「おい、ねぇちゃん」

 大剣の男に野太い声で呼ばれる。ねぇちゃんの呼ばれたことにピクっと額が反応したが、これも仕事だと割り切って返事をする。

「はい、なんでしょうか」

 すると男は一つの瓶を持って、

「この店の商品は値札が貼ってないみたいだが、これはいくらなんだ?」

 その瓶は以前エリーの部下にアレンが値段を吹っかけたLvⅦエ ーテルだった。確かに貴重なアイテムだが、一般的には百万リランほどである。アレンには王都で売っている価格でいいと言われていたので、その通りに答える。

 すると三人は顔を見合わせ、ニヤッと笑う。

「なんだ、噂と違うじゃねぇか。相場通りの価格だな」

 そう言って、籠の中に次々と瓶や薬草などのアイテムを入れていき、カウンターに置いた。商品棚はほとんどスカスカの状態になっていた。

「ねぇちゃん、いくらになる。こんなに買ってやるんだからまけてくれよ」

 エリーはその籠をじっと見つめる。ざっとみて三千万リランくらいか……これだけ売上をあげれば店を任された甲斐があるものだ。ディーネも喜んでくれるはずだ。

 しかし……

「あなた達、これだけのアイテムを何に使うのかしら」

 エリーは営業スマイルを絶やさぬまま三人に尋ねる。

「いやいや、王都でこの店のことを噂に聞いてさ。王都ではめったに売られない貴重なアイテムが多数置いてあるって。それを根こそぎ頂いて王都で転売してやろうって思っているんだよ。最近LvⅤ 以上のアイテムが高騰しているからな」

 三人はニヤニヤとこちらを挑発するような表情でエリーを見ている。その表情に多少怒りを覚えたものの、店員と客という立場をわきまえてそれに耐えた。

 しかしそれとは別にこの三人には物は売れないと判断した。以前聞いたアレンの言葉……

『必要な人に必要な分しか売らない』

 これが一番この店で大切にしていることだ。いくらアレンから王都での価格で売っていいと言われても、この三人の理由を聞いたからには絶対に売るわけにはいかなかった。

「へぇ、そうなんですか。では全部で三億リランですね」

 エリーは接客モードの表情を変えないまま三人に告げる。

 三人はその言葉を聞くなり、エリーを睨みつける。

「ん? 俺の聞き間違えかな? 三憶とか聞こえたんだが……三千万の間違えだろ?」

 威圧するような鋭い目と低い声だ。普通の店員ならそれだけで震えあがり、声も発せなくなるほどのものだろう。大剣の男はこれまでもこのやり方で高額なアイテムを格安で売るように脅しをかけていた。最近、王都や近くの町ではこのやり方が騎士団の目に入り、それから逃れるため田舎町にまで手を伸ばしてきたのだ。

「え? あ……確かに計算を間違っていました」

 三人は「しっかりしてくれよ」と笑い合いながら表情が緩む。

「全部で五億リランです」

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