第30話 エリーさん、お願いします
「私に任せて!!」
アレンとディーネはポカンと口を開け、エリーを見上げる。
「何よ、二人とも。よく分からないけどアレンは体調が悪いから休みたいんでしょ?」
「そうなんだけど……」
「だったら私が一日店番していてあげるわよ」
「あら? それは、それはいい考えです。それなら私も安心して帰れますわ。是非お願いしたいです」
エリーのその言葉にチャンスとばかりにディーネが加わる。この ままエリーを帰してしまっては何も進展はない。それよりも少しでもこの町に留め、何か起こるきっかけが欲しかったのだ。
「ちょっと待って。そもそもエリーに店番なんてできるのかよ」
エリーは挑発的にアレンを見る。
「ふふん、これでも騎士団に入る前は飲食店で働いていたこともあるのよ。看板娘って言われていたんだから」
エリーの言っていることは本当のことだったが、実は働くことは苦手であり、皿を割ったことは数知れず。しかしこの店は雑貨屋だ。料理を運んだり、皿を洗ったりなどない。客が買いたい物のお金を受け取るだけである。売ってある商品もほとんどは理解できる。そ れなら大丈夫だと、自身満々で言い放っていた。
一方アレンはどうすべきか悩んでいた。本来なら他人に店を任せることなど断る場面なのだが、何故かこの場にいる女性二人が乗り気なのだ。ここで断って帰れというのも逆に申し訳がないと思うほどだった。それにエリーは信頼できる。店を任せても悪い事をするようにも思えないし、質の悪い客がきても対処できるだろう。そう思いしぶしぶ声を出す。
「じゃあお願いしようかな……」
アレンがそう言うとエリーの顔がパッと明るくなる。
「やった! じゃあ決まりね! アレンは大船に乗ったつもりでゆっくり寝ていてちょうだい」
「では決まったところで私は帰りますね。これ以上いると本当にアレンが倒れちゃいますから」
「あぁ、そういうことね。あとは任せて」
エリーはアレンの体調が悪い理由を察した。
「あ、エリーさん。私から一つ仕事を頼んでおきますね。朝食で使 った食器を洗っていていください。あとはカウンターでボーっとしてくれていたらいいですから」
「え? いや……洗っている間にお客さんが来るかもだし……」
「まだ店を開けるまで一時間もありますから大丈夫ですよ」
「そ、そうなのね。分かったわ」
歯切れの悪い返事にディーネは違和感を覚えたが、まさか皿洗いが苦手だとは思わず深くは追及しなかった。そのことを数時間後に後悔することになるのだが。
「では、お願いしておきます。夕食の時間には一回戻ってご飯は作りますので、昼食は近くにレストランがあるので二人で食べてください」
眠い目をこすっていたアレンが急に目を見開く。
「ディーネ! いいのか?」
「今日は特別です。エリーさんもいることですし。ちゃんとエスコ ートしてくださいね」
ディーネはニコっと微笑む。
「やった。じゃあ俺は昼に備えて寝るから」
席を立って、そそくさと部屋に戻ろうとするアレンにエリーが声をかける。
「ちょっと待ってよ。もしお客が来たら、値段とかどうするのよ。 値札も貼ってないし」
するとアレンは面倒そうに振り返り、
「適当でいいよ。普通に王都で売っているくらいの値段で。とにかく俺は寝る」
そう言って部屋に入ってしまった。エリーはディーネを見て、
「アレンどうしちゃったの?」
「たぶん外食できるのが嬉しいのではないでしょうか。私が節約させて滅多に外で食べる事なんてないですから」
「何よ、それ。子供みたい」
エリーがフフっと笑うと、ディーネもそれにつられ笑う。しかしこれもディーネの作戦通りだった。折角、店で二人きりになったとしてもアレンが寝ているだけでは何も意味がない。アレンはあの店のステーキが大好物だ。必ず乗ってくることは分かっていた。多少値は張るが、少しでも二人の仲が進展する可能性があるのならば安いものだった。
「では私もそろそろ行きます。アレンが寝ても私がここにいては意味がないですから」
ディーネは次ここに戻ってきたときの二人の姿を楽しみに思いながら、くるりと回って姿を消した。一人残されたエリーはやる気に満ち溢れていた。エリーの日常と 言えば、任務で魔物の討伐や治安維持の職務、それらの仕事がない時は部下や自らの鍛錬の時間に当てられる。店に立って店員として 働くことなど久方ぶりだった。不安もあるがそれよりも楽しみの方が勝っていた。そしてアレンから受けた恩を少しでも返せると思うとやる気にな らない訳がなかった。もちろん一日店番をするだけでは返せるはずがないほどの恩だが、少しでもアレンの役に立てることが嬉しかっ た。
「さて、何からやりましょうかね」
立ち上がり辺りを見渡す。テーブルの上には朝食で使った様々な大きさの皿が置いてある。ディーネに皿洗いを頼まれていたのを思い出し、炊事場に皿を運ぶ。いざ洗おうとしたときに昔の苦い思い出が蘇るが振り払う。
「あの時とは違うのよ。もう子供じゃないんだから」
そう自分に言い聞かせスポンジを水に浸して、皿を磨く。
「もう、この汚れ中々落ちないわね」
思わず力が入る…… パリンッ。
「あっ… …」
割れた皿をそっと隅に寄せる。
パリン、パリンッ、パリン。
「あとでディーネに謝らないと……」
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