第29話 ちょっと考え事をしちゃいました
その時、エリーが勢いよく立ち上がる。
「こんなの納得できない! 私が真実を明らかにしてみせる。このままじゃアレンが可哀そう……」
意気込むエリーを見て、ディーネに不安がよぎる。こんなでたらめな記録を残したのには何か理由があるはずだ。クラウスは自尊心の塊だった。一緒に行動していた時も実力で上回るアレンやエレナを良く思っていなかったはずだ。恐らく、魔王との戦いでの失態を明らかにされたくないが為、このような記録を残したのだろう。それなのに過去を知るものが現れればどういう手段を使うか分からない。そういう人間の醜さもディーネはよく知っていた。いくらエリーが団長でもクラウスでは相手が悪い。アレンが人間として異常な強さなだけであって、クラウスも十分人類最強と呼べる実力を 持っていた。
勇者という称号もグランシーヌでは国王の次に権力を持つ。エリーが真実を知ったとなれば消されることも容易に考えられた。
「止めておきましょう。アレンもきっとそんなことは望んでいませんよ」
「でも……」
納得のいかないエリーをなだめる様にディーネは優しく諭す。
「アレンが地位とか名誉とかにこだわる男に見えますか? そんなものより静かにこの店の店主でいるのが一番なんですよ」
「そうかもしれないけど」
「大丈夫です。アレンは……」
ディーネは、
『エリーさんさえ信じてくれたらいいって思っていますよ』
と言いかけて止めた。
「どうしたの? アレンは何よ」
「いえいえ、何でもありませんよ」
「そう……」
エリーはそう言うとジッと黙ったまま何かを考えているようだっ た。ディーネはその姿に一抹の不安を覚えたが、
「エリーさん、今日はもう遅いですしアレンの言う通り泊っていってください。そこを真っ直ぐ行った黒い扉の部屋ですよ」
ディーネが指を指した部屋をエリーは見る。
「ねぇ、あの部屋ってアレンが入っていった部屋じゃないの?」
「あれ? バレちゃいました? 残念、残念」
「何が残念、残念よ!」
「冗談ですよ。本当はその隣の黄色い扉の部屋です」
「でも助かるわ。ありがとう」
エリーはおやすみなさいとディーネに告げ部屋の中に入っていった。そして黄色い扉が閉まると、
「その部屋はエレナさんの為に作った部屋ですよ。あの方は黄色が好きだったから… …」
そこはディーネ以外には誰も踏み入れたことがない聖域だった。ディーネも掃除をするためだけに入るだけだ。そんな場所にエリー を泊めていいと言ったアレンには驚きもしたが、確信を持った。や はりアレンが纏っている闇を取り払ってくれるのはエリーしかいないと。
「さて、これからどうしましょうかね」
ディーネはこれからどうやって二人の仲をとり持とうかと必死で考え込むのであった。
そして次の日の朝……
勢いよく黒い扉が開けられ、アレンが飛び出してきた。ディーネ は台所で朝食の準備を始めていた。
「おはようございます。今日は早いお目覚めですね」
「おい、ディーネ!」
どこかしらやつれたように見えるアレンは怒っていた。
「なんでしょう、アレン」
一方ディーネはいつもと変わらないにこやかな表情で答えた。
「お前昨日帰ってないだろう! 全然寝た気がしないぞ」
ディーネはアレンの魔力を消費して、いるべき場所から召喚されている。ディーネがいる限り徐々にアレンの魔力は減り続けるので ある。魔力が減り続けると、倦怠感に襲われ、いずれは立つことさえ困難になってしまう。完全に魔力がなくなると意識を失い、数日目を覚まさないこともある。
いくらアレンが膨大な魔力を持っていると言っても常に減り続け れば、いつか魔力は無くなってしまう。アレンの場合、一日六時間 は休息を取らないとディーネで使った魔力を回復することはできないのだ。
「すいません。ちょっと考え事していたらすっかり朝になってしま いました」
もちろん考え事とはアレンとエリーの事であるが、妙案が思いつかないままただ時間だけが過ぎていってしまった。
「考え事って……」
その時、エリーが部屋から出てきた。
「おはよう、アレン。どうしたの? あまり寝られなかったの?」
エリーもアレンの顔を見るなり異変に気付いた。
しかしアレンは昨日、自分が部屋に戻ったあとどんな話をしたのか想像すると何か気まずくなり、それ以上愚痴を言うことを止めた。
「あぁ、そうだよ。寝付けなかったんだよ」
そう言って朝食が並び始めたテーブルに座る。三人分の朝食が用意されていた。
「さぁ、準備オッケーですよ。冷めないうちに食べてください」
ディーネとエリーも椅子に座る。
「なんか今日は豪勢だな……」
アレンはじっと並べられた朝食を見つめる。いつもは味のないパンにサラダにコーヒーだけという質素なものだが、今日はベーコンに卵まである。
「そりゃあ、お客様がいますからね。昨日は突然だったのでたいしたもの出せませんでしたから」
「たいしたものじゃないって、昨日の夕食はかなり美味しかったわよ。騎士団にある食堂なんかより圧倒的に……」
エリーはお世辞ではなく、本心でそう思っていた。大した材料は 使っていないのに、こんな味が出せるものなのかと感心していた。
「それはよかったです」
それ以降三人は特に言葉を発することなく食べていった。まるで 昨日の事は何もなかったかのように……
一番に食べ終わったアレンが口を開く。
「ディーネ、今日は帰っていいよ。俺はもう一回寝るから」
アレンは目をこすりながら、あくびをしている。
「私は構いませんが、お店はどうするんです?」
「今日は休みでいいだろ。どうせ客なんて来ないんだし」
アレンがそう言うと、ちょうど食べ終わったエリーが立ち上がり 右手の拳で自分の胸を叩く。
「私に任せて!!」
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