第28話 過去を振り返るのは辛いです

 エリーにとっては予想外の展開に立ったまましばらく茫然としていたが、我に返ると力なく椅子に座り込む。

「なによ……せっかく私が良い話を持ってきてあげたのに。店があるって今にも潰れそうじゃない。ばかアレン」

 ブツブツとひとり言を呟くエリーにディーネが優しく語り掛ける。

「そう言わないであげてください。先ほどのお話、事実ではないも ののアレンはエレナさんを死なせてしまったと思っているのは確かですから。それにこのお店を続けているのもエレナさんが関係していますから」

「魔王討伐の日に本当はなにがあったの?」

 いつも明るく振舞うディーネがどこか悲しげに話す姿にエリーも聞かずにはいられなかった。

 ディーネは悩んだ。エリーにアレンの過去を話しても良いものか と……しかしエリーが闇の中で苦しみ続けるアレンを救い出してく れる人物であるという希望も捨てることができなかった。それにアレンは、

「後は任せた」

と言った。きっとアレンは自分を信じてくれるエリーに真実を伝えたかったのだろう。ただ自分で話すことが辛くて嫌だっただけだろう。そう勝手に解釈した。

「少し長くなるかもしれないけれど……」

「大丈夫よ。是非聞かせて」

 ディーネは一息置いて話し始めた。

「まずはエレナさんの事から話しましょうかね。エレナさんは見た目の美しさだけでなく、とてもとても強い女性でした」

「私は戦っているところを実際に見た事はないんだけれど、剣聖の称号を持っていたみたいね」

 剣聖とは世界においてただ一人しか名乗ることが許されず、剣の道を究めた者、最強の剣士だ。エレナは女性で初めての剣聖として 世の中にその名を轟かせていた。 「でも彼女は剣の強さを抜きにしても素晴らしい女性でした。間違ったことを決して許さず、弱きを助け導く、まさに聖女のような方だった。アレンが恋心を抱くのも必然だったかもしれません」

「え?」

 アレンが恋心を抱いたと聞いて、エレナは胸のあたりにモヤっとしたものを感じた。しかし今のエレナにはそれが何なのか理解できずにいた。

「まぁ、アレンも見ての通りのお人好しです。そんな二人が恋仲になるのは時間の問題でした」

「こ、恋仲!?」

 明らかな動揺を見せるエリーを微笑ましくも思いながらも、ここは茶化す場面ではないなと話を続ける。

「そして将来を誓い合った二人は魔王を討伐し、平和な世の中が戻ったら田舎にお店を開こうと約束していたのです」

「それじゃあこの店は……」

「アレンは一人になっても約束を果たそうとこの町で雑貨屋を始めました。アイテムの知識も豊富でしたから、向いていると思ったのでしょう。あいにく経営者としての能力は全然ダメでしたけどね。でも何があってもこの店を手放そうとはしませんでした。店がなくなるとエレナさんも完全に消えてしまうと思っているのかもしれません」

「そうだったの……」

 エリーは知らなかったとはいえ、軽々しく団長になれと言ったことを後悔していた。

「では魔王を討伐した日、何があったのか説明します。あの日は本当に悪いことが重なって、皆が自分のことで必死だったから」

 ディーネはその日を思い返すように目をつぶり、両の掌を組んで ギュっと握りこんでいた。ディーネにとっても思い出すことが辛い出来事だったのだろうと思いながらも、エリーはどうしても真実が知りたかった。

「お願いするわ」

「エレナさん、クラウス、それと他に二人いた仲間も確かに強かったのだけれども、魔王軍はそれ以上に強大だった。数の力で圧倒され、いつの間にか皆がバラバラに分断されてしまいました。その中でもアレンは皆を守ろうとたった一人で魔王と戦っていたのですが ……」

 言葉を詰まらせるディーネをエリーは急かすことなくジッと待っ ていた。

「突然クラウスの魔法が暴発してアレンの足場を崩してしまいました。その隙を逃す魔王ではありません。アレンめがけて一直線に剣が振り抜かれようとしていました」

 ディーネは再び言葉を詰まらせる。今ディーネにはその時の状況が鮮明に頭の中に浮かんでいることなのだろう。

「大丈夫? 無理しなくていいわよ」

「いえ、大丈夫です。私はアレンを守ろうとしましたがとても間に合う距離ではありませんでした。全てを諦めかけたとき、アレンの前にエレナさんが立ちふさがりました。そして魔王の剣が……」

 二人の間に静寂が流れる。

「そして逆に隙のできた魔王にアレンが渾身の一撃を与え、瀕死になった魔王にクラウスがとどめを刺し、倒すことができました。だけどエレナさんは、助かりませんでした。あの時、一瓶でもポーションが残っていれば……」

「だから必要な時に必要な分だけしか売らないって……ちょっと待 ってよ! むしろエレナはクラウスのせいで……」

 ディーネは首を横に振る。

「だからといって誰もクラウスを責めませんでしたわ。それほど切迫していた戦いでした。それなのに……」

 ディーネは全身を小刻みに震わせ、表情も険しくなっていく。

「アレンを悪者にするなんてどういうことですか! この場所から離れられるなら今すぐにでも一発殴りにいきたいわ」

 ディーネはアレンからそう遠くへは離れることはできない。アレンにグランシーヌへ行こうと言っても断られるに決まっている。正直諦めるしかないかと思っていた。

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