第26話 あら、またお会いしましたね

 この日はそれ以来店の扉は開くことはなく閉店を迎えようとして いた。

「はい、今日もおしまいですね。看板下げてきますね」

「あぁ」

 アレンは力なく小さな声で答える。ディーネは店じまいを行いながら横目でアレンを見る。実に寂しそうに見える。

「唯一の常連様がいなくなって、いよいよこの店も潰れちゃいますかね」

「ははっ。ユーリの売上なんてあってもなくても変わらないよ」

 アレンは何言っているんだというように乾いた笑みを浮かべる。

「そんなこと分かっていますよ。ただ店主のやる気というか覇気が感じられないので心配になっただけです」

 そう言って、片付けを終えたディーネはアレンの前にお疲れ様ですと言いながら一杯の水を差し出す。アレンは黙ってその水を受け 取るとグイッと一気に飲み干して立ち上がる。

「この店は絶対に潰さない。……とはいえこのままじゃ続けたくても資金が尽きてしまうよな」

「あら? 分かっているじゃないですか。じゃあこれからどうするかも考えているんですか?」

「いや、それは……」

 アレンは再び力なくその場に座り込む。ディーネはやっぱりと思いながら夕食の準備を始める。

「しょうがないですね。とりあえずご飯にしましょう。お腹が減っていたら良い考えも浮かびませんし」

「そうだな……また明日考えよう」

「えぇ、どうせお客さんなんて来ないんですから考える時間は一杯ありますよ」 「ほんといつも一言多いよな」

 ディーネはふふっと微笑みながら、リズムよく食材を切っていっ た。 アレンは決して口には出さないが、いつも場を明るくしようと 声をかけてくれるディーネには感謝していた。きっと自分一人ではとっくに諦めていたことだろう。雑貨屋の経営はもちろん生きてい くことさえも…… ディーネの為にも、エレールを繁盛させなければと心に決めた。

 ……が、何をすればよいのか見当もついていなかった。

「どっかにいい案落ちてないかなぁ」

「え? なんか言いました?」

「いや、なんでもないよ」

 まぁ、何とかなるだろうと頭を切り替え、目の前に並び始めた料理を口に運んだ瞬間、店の入口の扉が開き鈴の音が静かな家の中に 鳴り響いた。

「おい、ディーネ。店の鍵は?」

「あれ? 忘れちゃいましたかね。ちょっと断ってきますね」

 反省する素振りも見せずに、早足で店の方へ向かった。アレンはあまり気にすることなく食事を続けていると、すぐにディーネも戻ってきた。ディーネの方へ目をやると意外な人物が横に立っていた。

「どちら様ですか?」

「はぁ? もう忘れたの? エリー・グレイシアよ!」

「冗談だよ。こんな夜にどうしたんだ? また任務か?」

「アレンに話があってわざわざ来られたそうですよ。でもまだ夕食中ですし、終わってからにしましょうか。とりあえず座ってください」

 ディーネはエリーの真剣な表情に何かを察し、間に入る。

「そうね、突然来て申し訳なかったわね」

 そう言って、アレンの前に座る。

「あっ、エリーさんもご飯食べます? お腹すいているんじゃありません?」

「え? でもそれはあなたの夕食じゃ……」

「あら、忘れたんですか? 私は精霊ですよ。本来食事とか必要ないんです。ただアレンが一人で食べるのが寂しいだろうから付き合 っているだけで」

「別に寂しくない!」

 ディーネの話を折るようにアレンが割り込む。

「じゃあ頂こうかしら。今回は一人できたからあまり食料も持てなかったから助かるわ」

 エリーはテーブルに並べられた料理を幸せそうに食べていた。

「お姫様は大丈夫だったのか?」

 アレンの問いにエリーは食事をとりながら答える。

「あぁ、そうだったわね。すっかり元通りよ。その件は本当にありがとう」

 アレンはエリーの一人で来たという言葉に嫌な予感しかしなかった。今のやり取りで別に報告に来たわけではないようだ。それに一人で来たということは任務の類ではないはず。そして団長ともあろう人が一人で隊を離れてこんな田舎町に来るということだけでも普 通ではありえないことなのだ。お互いに料理を食べ終わると、緊張感に包まれたしんとした空気 になった。そしてその空気を壊したのはやはりディーネだった。

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