第25話 また寂しくなります

「と、いうことで分かりましたね。明日からはちゃんと店長として 頑張ってくださいね」

「……はい。分かりました。頑張らせていただきます」

 長い、長いディーネのありがたい話がようやく終わり、アレンは 肩を撫でおろす。

「じゃあ私はそろそろ時間なので帰りますね。お疲れさまでした」

「あぁ、お疲れ様。って、今日の夜ご飯は?」

 アレンの一言にディーネがビクッと反応する。

「あ、えっと……テーブルの上にパンがあるので食べていいですよ。 じゃあおやすみなさい」

 ディーネは逃げる様にくるりと回って姿を消してしまった。

「あいつ逃げやがった」

 一人残された店の中で、パンを一口かじる。

「パサパサだな……寝るか」

 ディーネがいなくなった店は常に静かだ。店だけでなく、町全体が静かである為、物音ひとつしない。深夜になっても騒がしいグランシーヌとは大違いだった。アレンは一人になるとどうしてもあの 日のことを思い返してしまう。

 毎日毎日同じことを考える。どうすればエレナを救えただろうか ……自分の行動の何が悪かったのか……いくら考えても答えが出るわけでもなく、いくら後悔しても過去に戻ることはできない……。どうすればこの罪は消えてくれるのか……。

 グランシーヌのような街であれば少しは紛れるのだろうかと思いながら今日も布団にはいる。

「……そういえば昨日は普通に寝られたな」

 特に理由を考えることなく目を閉じた。

 マグニー火山から戻ってきて一か月が経っていた。この一か月は 特に何事も無く平穏な日常を繰り返していた。

「今日も暇ですねぇ」

 ディーネはいつものように店のカウンターに肘をついて、両の手のひらで顎を支えている。

「だな……」

 アレンもディーネと同じように隣でボーっと店の入り口を見つめている。

「あれ? 今日はちゃんと働けって言わないんですね。いつもは掃除しろとか言うのに」

「ん? あぁ、もう十分奇麗だからな。これだけ誰も来ないとあまり汚れないものだな」

 今日はもう昼過ぎというのにまだ一人として客は訪ねてこなかった。

「掃除しないでいいのは楽ですけど、それはそれで悲しいですね」

 あまりに客が来ないのでもう店を閉めてしまおうかと思いはじめた時、入口の鐘が鳴った。店に入ってきたのは定期的に病気の母親の為に薬を買いに来るユーリだった。

「アレンお兄ちゃん、ディーネお姉ちゃん、こんにちは」

 ユーリはいつものように礼儀正しく頭を下げる。

「おっ、ユーリじゃないか。こんにちは。今日はどうしたんだ?  またお母さんの具合が悪くなったのか?」

 アレンはカウンターを出て、心配そうに声をかけたが、予想に反して可愛らしい笑みで首を横に振る。

「お母さんの病気が治って元気になったんだよ」

 それを聞くと、嬉しそうに話すユーリとは逆にアレンの表情が曇る。ユーリの母親の病気は難病だったはずだ。完全に治すためには それこそユグドラの雫のような伝説級のアイテムが必要なはずだが……ユーリの家庭にそれほどのアイテムを購入する金があるとはと ても考えられなかった。

 もちろんアレンもユグドラの雫をユーリの母親に使おうと考えたこともあった。しかしディーネに止められた。高Lvのポーション を定期的に摂取することで病状は完治までいたらないまでも緩和することができ、命には別状はなかったからだ。ユグドラの雫は今にも燃え尽きそうな命に使おうと提案されて、アレンもそれに納得し た。だからこそ、どのように病気を治したのか気になって仕方なかっ た。むしろ本当に完治したのかも疑わしいと思ってしまっていた。ユーリを信じていないわけではないが、まだ子供だ。治ったと信じ込まされているだけではないのか……。

「ユーリ、どうやって病気が治ったのか教えてもらっていいかな?」

「えーと……」

 アレンの質問にユーリは必至で答えようとしてくれるが、やはり子供の説明では何も詳しいことは分からなかった。ユーリが話し終わり、知らない男の人が助けてくれたということだけが分かった。 その時、店の入口の鐘が鳴った。入ってきたのは、ユーリの母親のモニカだった。

「こんにちは。アレンさん、ディーネさん」

「モニカさん、お久しぶりです」

 アレンは挨拶を交わしながらユーリの母親の顔をじっと見る。顔色もよく、とても難病を患っている女性には見えなかった。

「今日は今までのお礼に参りました。私達家族にいつも良くしていただいて、ありがとうございました」

 モニカは深々の頭を下げる。

「ユーリから聞きました。お元気そうでなによりです。ところでどうやってあの病気が治ったんですか?」

「実は三年ほど前から私の病気の治療法を探すと少しのお金を残して出て行った夫が昨日帰ってきたのです。もう死んだものと諦めていたんですが、夫が持ってきた薬を飲むとすっかり良くなりました。ユーリはまだ小さかったので夫のことは覚えてなかったみたいですけど」

 モニカの近くに寄ってきたユーリの頭を撫でながらうれしそうに 話していた。 アレンはモニカとユーリの姿を微笑ましく嬉しく見ていたが、その薬が気になってしょうがなかった。もちろん世の中にある全てのアイテムや薬を知っているわけではないし、関係がないと思っていたアイテムが特効薬だったという可能性もある。

「病気が治って本当に良かったです。ところで旦那さんはいまどこに? 私も後学の為に是非お話を伺いたいんですが」

「申し訳ございません。夫は仕事があるとニベールに向かいました。 ニベールでの仕事が長くなるそうで、突然ですが私達も一緒に暮らそうと引っ越すことになりました」

 ニベールはグランシーヌほどではないが、栄えた町である。レクレールよりも働く口があるのだろう。薬のことを聞けないこととユ ーリと離れてしまうことを残念に思いながらも、家族が共に暮らせ ることを喜ばしくも思った。

「そうですか。それは寂しくなりますね。もし近くにいくことがあ れば寄らせてもらいますね」

「はい。ユーリも喜ぶと思います」

「お兄ちゃん、絶対遊びに来てね」

 アレンは分かったと言いながらユーリを最後に抱きかかえ、その 重さを噛みしめながら名残り惜しそうに下ろす。そしてアレンとディーネに手を振りながら店を後にしていった。

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