第10話 大っ嫌いです

「はやく離れろ!」

 その叫び声にはっとして、エリーは素早く黒いコートの男から距離をとる。

「くっくっくっ、危なかったねぇ、グレイグ。契約を果たす前に死んでしまってはダメじゃないか。だが安心しろ。私が来たからには お前の望みを叶えよう。その代わりに分かっているな」

「あぁ、ありがたき幸せ」

 急に正気を取り戻したグレイグは目を閉じて跪く。するとコートの男から濃い黒い霧が現われ、グレイグを包み込む。やがて黒い霧が晴れると、そこにはもうグレイグの姿はなかった。

「何よ、あれ……」

 エリーは目の前で起こったことが理解できなかった。しかしアレンとディーネはその男にある程度の見当がついていた。

「魔人か……」

 アレンが呟くと、コートの男が反応する。

「ほう、よく分かったな。私はセリエルというが、まぁ覚えなくていいぞ。お前らは全員死ぬからな。それにしても美味だった。やはり恨みが強いほど良い味がでる」

 セリエルはそう言うと、殺気を三人に向けて放つ。エリーはその殺気をまともに受けると、自分の首を刎ねられる錯覚を起こし、全身が震えその場に蹲りそうになる。が、エリーは強い精神力でなん とか持ちこたえ、構えた剣を握り続けた。

 魔人……それは簡単にいうと人型の魔物である。見た目には人間 とほとんど変わらない。知能もほとんど変わらない。しかし戦闘に関する能力が平均的に人間とは大きく違う。アレン 達のパーティーが倒した魔王は魔人達の王となる。人類を絶滅させ、 その地を支配しようとしていた種族だ。二年前にほとんどの魔人も倒したはずなのだが、こうやって生き残りがごく稀に現れる。もちろんその度に国から騎士団が派遣されるか、ギルドから依頼が出される。そのランクは最低でもBであり、 ほとんどがAランク以上に分類される。エリーは過去に何度か魔人の討伐の経験がある。Aランクの魔人とも対峙したことがある。しかし目の前に現れたセリエルという魔 人は、これまで出会ったどの魔人とも異なり、その圧倒的な圧力に押しつぶされそうになり、戦う前から勝てる絵が浮かばないほど追い込まれていた。ランクを付けるとすれば確実にS。おそらく今の自分では敵わないだろうと判断し、覚悟を決めセリエルに話しかける。

「あなたの狙いは私でしょ。この二人はたまたまここで出会っただけなの。この二人は見逃してくれないかしら」

 それを聞くとセリエルは三人を舐め回すように見る。

「ということは、お前がエリーだな。グレイグとの契約は、お前をできるだけ苦しめて殺したいということだったからな」

「じゃあ……」

「あぁ、安心しろ。残りの二人は苦しまずに殺してあげよう」

 セリエルの気味の悪い笑みにエリーは歯を軋ませる。

「ごめんね、二人とも。私のせいで巻き込む形になっちゃって。私 がなんとか時間を稼ぐから、何とか逃げ切って」

 剣を構えたまま、二人にだけ聞こえるよう小さな声で話す。するとアレンはスッとエリーの横に立ち、カタカタと震える剣の刀身に手を当てて剣を下げさせ、笑みを浮かべる。

「あれぐらいなら俺とディーネでなんとかなるよ。無理せず下がってて」

「なんとかなるって……あなた、あいつのヤバさが分からないの?」

 エリーは声を荒げ必至でアレン達を止めようとする。団員二人の話を聞く限り、それなりに強いことは分かっている。特に青い髪の女の方は、 グリズリーを一瞬にして倒して見せた。しかしそれは自分でもできる。だが目の前にいる魔人は桁が違う。いくら強くとも、三人がかりで挑もうとも、勝てるとは思えなかった。だからこそ、自分が盾となるつもりだった。

「確かにそれなりに強そうだけど、団長殿が命を懸けるまでもないよ。いいから見ていてくれ。ディーネ、いくぞ!」

「私、魔人って種族が大嫌いなので手加減しませんよ」

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