第9話 黒幕の登場ですね
「こいつら自然のグリズリーじゃないな……」
「えっ、どういうことよ」
「おそらくテイムされた魔物だな。このグリズリーの周りからは、 人為的な魔力が感じられる。おそらく時間が経てばこの痕跡も消えるんだろうけどな」
アレンはそう言って茂みの奥を見つめる。
エリーもこのグリズリーの群れには違和感があった。
これほどの数のグリズリーが一気に、しかも珍しいとされる亜種が何体も現われた。いくらグリズリーの森といわれる場所でも異常事態であった。しかしそれもテイムされた魔物となれば辻褄が合う。
「じゃあ、誰かが私たちの騎士団を狙ってやったってこと?」
「あぁ、それにこれだけのグリズリーをテイムしているんだ。只者ではないな。誰か心当たりはないか?」
エリーはそう言われると一人の人物が頭をよぎった。魔物を召喚 するためには、魔物を弱らせテイムという魔法を使い、使い魔とする必要がある。十体の魔物をテイムするためには相当の魔力を消費 する必要があるのだ。そしてエリーはテイムを得意とする人物を知 っていた。そしてその人物は、自分に恨みを持っていることも知っ ていた。
「まさか、グレイグ・ガーランド……」
その名を口に出したとき、茂みの奥から一人のやせ細った、頬のこけた長髪の男が歩いてくる。
「やっぱりあんただったのね、元グランシーヌ第四騎士団団長グレ イグ・ガーランド」
「あぁぁぁぁぁ、やっぱり見れば見る程ムカつく目をしているおんなだ ぁぁぁぁ。はやぁく、その目玉をくりぬいて犬のえしゃにしてやりてぇ ぇぇよぉぉぉぉ」
その男はもはや正気には見えなかった。視線は定まらず、フラフラと体は揺れ、言葉も聞き取りづらい。ただその体を纏う魔力は禍々しく、この三人でなければ、意識が とんでもおかしくないほど周囲を威嚇していた。しかしそのグレイグの姿はエリーの知っているグレイグとは似て非なるものであった。
グランシーヌ騎士団団長。それは騎士団員全ての憧れであり、目指すべき最高の栄誉である。全ての団員、多くの国民より尊敬の念を浴び、その力によって国を守る選ばれし者。そしてこのグレイグ・ガーランドも例外ではなくその中の一人であった。 ただいつまでもその地位に甘んじられるわけではない。年に一度、団長は自分の団の中で最強の団員の挑戦を受ける。そこで下克上を果たせば、晴れて新しい団長となることができる。エリーはちょうど一年前、グレイグに挑戦し見事に打ち負かしたのだ。その後、エリーはグレイグに副団長として残るように慰留したのだが……
「誰が貴様のような小娘の下につくものか! 覚えておけ! いつ かこの恨み晴らしてやるぞ! 精々今を楽しんでおくことだな」
と、言い残し騎士団を去っていった。
「グレイグ! 狙うなら私だけを狙いなさいよ。死んでいった団員達の中にはあなたの元部下もいたはずよ。それなのに……」
この惨劇を元団長が起こしたものと分かりエリーは怒りがこみ上げる。剣を握る手にも力が入る。
「ぶかぁ〜。だりぇのことだぁ〜。それぇより、はやく死んでくり ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
グレイグの醜い叫びとともにグレイグの背後から赤いグリズリー が再び現れる。しかし、エリーはそれをまるで問題とせずに一太刀 で切り捨てる。「おい、団長殿。あいつ本体を止めないと魔力が無くなるまで魔物を呼び続けるぞ」
エリーは、そんなことぐらい分かっているわと言いながらも戸惑っていた。一年前グレイグと戦ったときはこれほど大量の魔物を一 度にテイムすることはできなかった。グレイグがテイムしていた五体のB級程度の魔物を次々と切り伏せ決着がついた。しかし今はその時の数倍、いや数十倍の魔物がテイムされていたはずだ。どこにそんな魔力があるのかと不思議でならなかった。だが、アレンの言うように本人を止めれば問題ない。テイマーという者は、テイムしたものに戦わせるので本人自体はさほど強くは ないというのが一般的だ。それはグレイグも例外ではない。エリーはその戸惑いを振り払い、地面を蹴る足に力を込める。この距離なら次のグリズリーを呼ばれる前に、グレイグの懐に入り込 める自信があった。地面を蹴り上げ、エリーの予測通り剣の届く距離まで近づくことができた。そして渾身の一撃を横凪に振るった。
しかし全てを終わらせるはずだったその一撃はグレイグに届くことはなかった。いつの間にかグレイグの前に現れた、真っ黒なコー トを着た男の剣に止められていた。
「なっ……」
エリーは自分の剣が止められると、凍りつかせるほどの冷気が全身を覆うような錯覚を起こした。
それと同時にアレンが叫ぶ、
「はやく離れろ!」
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