第8話 私、結構やるんですよ

 アレンは走りながらディーネに確認する。

「回復アイテムはどれくらい持ってきた?」

「一応、店にあるものは全部持ってきましたよ」

「さすがディーネだな」

 ディーネは褒められて顔がにやけそうになるが、同時に不安にもなる。この店主はこの先で怪我人がいれば迷わず貴重なアイテムを格安 で……いや、最悪タダ同然で使ってしまうだろう。本来は店の商品なので赤字になるのは目に見えている。店の金庫を預かる身として はできるだけ回収したいところだが、このような事にはもう慣れていた。それにこの場で金儲けに走る店主ならば決して仕えることはなかっただろう。

 一分程走ると獣の断末魔が聞こえてきた。目の前には白い体毛を 赤く染めたグリズリーが何体も倒れていた。そして銀色の鎧を纏い、 金髪の長い髪をなびかせる女性が立ち尽くしていた。

「大丈夫か!」

 後ろから声をかけると、右手に持っていた血に染まった細い刀身を振り向きざまにアレンの目の前に差し出す。

「うわぁ」

 アレンはエリーの鋭い目つきと殺気に思わず驚く。

「ん? あんたは確か昨日の店主……なんでこんな所にいるのよ」

 エリーはアレンの存在に気づくと、構えていた剣を下ろす。

「なんでって……」

 アレンが答えようとした時、エリーの後方からグリズリーの亜種が茂みの中から飛び出してきた。

「ウォーターランス!」

 その瞬間ディーネの声が響き、空中に水で作られた鋭い槍が瞬時に五本現れ、グリズリーに目にも止まらぬ速さで突き刺さり、うめき声を上げることなく絶命した。

「えっ… …」

 エリーは目の前で起こったことに驚いた。アレンに出会ったことで、若干ではあるが緊張の糸が緩んだ。その一瞬の隙を突かれたことになったが自分が反応するより早く、目の前にいる青い髪をなびかせる女性はグリズリーの亜種を仕留めてみせた。 「見ての通り援護に来ました。あなたがサラマンダーに会いに行くと言ったことを、うちの店主が心配したみたいで」

 ディーネがそう言うと、アレンが顔を真っ赤にして、

「ち、ちがうだろ。火口石がなくなりそうだから取りにいくんだろ」

「あ〜そうでしたね。そういうことにしていましたね」

 ディーネがわざとらしく答えると、ますますアレンの顔が赤くな る。

「もうどっちでもいいよ。それよりもディーネ」

「はいはい」

 ディーネはリュックからポーションとエーテルをエリーに手渡す。辺りにはエリーとグリズリーの死体しかない。恐らく一人で何体もの魔物を相手にしたのだろう。見た目に傷はないが、肩で息をしており、額に汗も滲んでいる。アレンはそれに瞬時に気づきディーネに指示を出した。

 エリーはそれを手に取ると、

「私からも一億リラン取ろうってことかしら」

「だから団長殿に吹っかけるのは後が怖いって。サービスするよ」

「ふふ、そうだったわね。正直助かったわ、ありがとう」

 瓶の蓋を開けると一気に飲み干した。

「で、今はどういう状況なんだ?」

「見ての通りよ。どういう訳か、次から次にグリズリーが襲ってくるの。いつの間にか団員達ともはぐれてしまったわ。あいつらは無事かしら……あなた達はここに来るときに見なかった?」

エリーはアレン達が現われた方角を眺めている。

「いや……あの……あっ、あいつらは見たぞ。昨日来た二人組だ。 無事だったが怪我もしていたから町に帰したよ」

アレンのたどたどしい答えに、エリーはじっとアレンの目をみつめる。

「あなたウソが下手ね。そう……あの二人以外はもう……」 

アレンはハッとした。エリーは昨日嘘かどうか目を見れば 分かると言っていた。 沈んでいる彼女にかける言葉を必死に頭の中で探すが何も出てこない。アレンは知っている……親しい人が死んだときにそれを癒せる言 葉など存在しない事を。それはディーネも同じだった。

 森に静寂が訪れたが、それを破るようにまたもや赤いグリズリー が突然現われた。しかも次は三体だ。しかし今度はエリーも隙を突 かれることもなく、瞬時に武器を構えるが、それよりも早く反応したのはまたもや青い髪をした女だった。

「ウォーターレイン!」

 グリズリーの上空から針のようにとがった水が雨のように降り注ぐ。無数の針に貫かれ三体のグリズリーは一瞬にして絶命した。

「あなた何者?」

 エリーにはまたもや信じられないことが起こった。昨日までは只の店員と思っていた女性が二度も自分の上をいった。直接手を合わせたわけではないが、あの反応の速さ、魔法の練度を見るだけで只者ではないと分かる。全力を出したらどれほどのものなのか想像もできない。

「私は雑貨屋の店員ですよ。少し魔法が使えるだけです」  

 ディーネはそう言うとニコっと微笑む。

「少しだけ……ね。もしかしてあんたも」

 エリーがアレンに話しかけようとしたが、アレンは何やらブツブツと呟きながら、グリズリーの死体を弄っている。

「何やってんのよ。もしかして素材を集めているの?」

 素材とは魔物から得られる皮や牙のことである。素材は薬の調合 や武器や防具に使われ、主にギルドが買い取ってくれる。もちろん 討伐ランクが高いほど高く買い取ってもらえる。グリズリーからは 爪や牙、特に亜種の赤い毛皮は高く取引されるが、アレンは全く違 うことを考えていた。

「こいつら自然のグリズリーじゃないな……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る