第7話 伝説級アイテム、使っちゃいました
二人が茂みを駆け抜けていくと、やがて血の匂いが鼻をつく。そして鎧を着た男や、ローブを着た男が何人も倒れている。例外なく、体の一部を鋭い三本の爪で引き裂かれているか、食いちぎられている。
アレンは周囲を見渡しながら、
「間違いない、グリズリーだ」
「はい。でもおかしいですね。グリズリーにしては死体の数が多す ぎます。それにおそらく騎士団の方々だと思いますが、ここまで一 方的にやられるでしょうか」
状況を推測するに、エリーの騎士団がグリズリーの群れに遭遇し襲われたのだろう。たかが獣にグランシーヌが誇る騎士団ここまでやられるとは考えられない。しかし、辺りにはグリズリーの死体が ない。
まさか……アレンが最悪の事態を想像したとき、ディーネが立ち止まる。
「アレン、生存者です」
「どこだ」
ディーネが見つめる先に確かに二人の男の姿が見える。倒れた男を介抱しているようにも見えるが、ピクリとも動いていない。アレン達が近づくと、そこには昨日店で揉めた騎士団の二人がいた。魔法使いの男が倒れており意識はないようだ。胸には三本の爪 でえぐられた傷がある。戦士の男が必死で血を止めようとしているが、次から次に溢れている。戦士の男もアレン達に気づく。
「お前等は昨日の。なぜこんな所に」
「そんなことはどうだっていい。代われ」
アレンは戦士の男の肩を掴み、引きはがす。男は力なくその場に尻餅をつき、憔悴しきった目から涙が流れる。
「もう無理だ……これは助からねぇ。くそ、くそ」
戦士の男は目を手で覆い隠して、その場に座り込み項垂れる。アレンは魔法使いの男の状態を瞬時に確認する。男の言う通り、普通ではまず助からない。グリズリーにやられた傷は深く、内臓ごとえぐられている。数秒後に息絶えてもおかしくない。
アレンはディーネに迷いなく指示をだす。
「ユグドラの雫は持ってきたよな」
ディーネは若干躊躇いながらも答える。
「はい……でもこれが最後です」
背負ったリュックを下ろし、中から緑色の液体が入った小瓶をとりだす。戦士の男はユグドラの雫という言葉に反応し、覆っていた手を外し緑色の小瓶を見つめる。
「ユグドラの雫だと! それが本物なら助かるかもしれねぇが、そんなもん買う金なんてないぞ」
「金なんて今持っている分でいい。それよりこいつを支えていろ」
「あぁ、わかった」
昨日金額をぼったくられた時との違いに驚きながらも、言われたとおりに後ろから魔法使いの両肩を支える。アレンは左手で口をこじ開け、右手でゆっくりと緑色の液体を流し込む。すると、たちまち胸の傷は塞がり生気を失った顔も徐々に回復し、 ゆっくりと目があいた。
「あっ……俺、たしかグリズリーにやられたはずなのに……」
自分の体を不思議そうにペタペタと触っていると、戦士の男が泣きながら抱きつく。
「よかった……本当によかった。もう駄目だと思ったぞ」
「や、やめろよ。気持ち悪いな。それにしても一体何があったんだ。それにお前たちは昨日の……」
魔法使いの男は、抱き着いてきた男を引きはがすと、アレン達に気づく。
「お前の命の恩人だよ。グリズリーにやられて死にかけたお前にユ グドラの雫を使ってくれた」
「ユグドラの雫だと!」
驚くと同時に、青ざめた。
ユグドラの雫とはこの世で入手することが最も困難な伝説級アイテムである。生きてさえすればどんな傷でもたちまち治してしまい、 四肢の欠損でも元通りにできるというものである。もし市場に出たならば、その価値は数億リラン……いや数十億リ ランで取引されてもおかしくない程の代物である。それを自分の意思ではないとはいえ、魔法使いの男は使ってしま った。しかも相手は昨日自分達に一億リランもの金を吹っかけてき た男だ。踏み倒そうにも、二人との実力差は身に染みて分かっている。一 体いくら請求されるのか……払えない場合は返すまで奴隷落ち…… 考えるだけで死んでいた方がましではなかったかと思わずにいれな かった。
そもそもユグドラの雫が本物なのかとも疑ったが、確実に致命傷 を受けたと思った自分の体は奇麗に元に戻っている。
「アレンさんって言ったか……これが今俺が持っている全財産だ。 家に帰れば数千万の貯えがある。あとは毎月少しずつでも返済する。それで勘弁してもらえないだろうか」
そう言って、魔法使いの男は麻袋を渡す。アレンはそれを受け取り、中を確認すると大金貨が十枚ほどとそれに金貨や銀貨、銅貨が 数枚入っていた。ちなみに大金貨は一枚十万リラン、金貨は一万リラン、銀貨は千リラン、銅貨は百リランという価値だ。 アレンは麻袋の中から大金貨だけを器用に取り出し、残りを返す。
「これだけでいいよ。俺は今ある分だけでいいって言ったし、帰るのにも金がいるだろ」
「ちょっと待ってくれ。ユグドラの雫を使ってそんなもんでいいのか。せめて俺の金も貰ってくれ」
戦士の男もいそいそと麻袋を取り出し、中から白金貨を一枚取り 出した。白金貨は一枚百万リランの価値がある。
「だからいらねぇって。男に二言はない。その代わり状況を手短に説明してくれ」
アレンがそう言うと、二人はグリズリーの恐怖を思い出したのか 体を震わせて戦士の男が話し始めた。
「エリー団長とはもう会っているよな。俺達騎士団はこの森を抜けてマグニー火山に向かう予定だったんだ」
「あぁ、それは聞いた。火の精霊に会うんだろ」
団長はそこまで話したのかと戦士の男は戸惑いながらも話を続ける。
「そうだ。だが森を抜ける途中にホワイトグリズリーに出くわしたんだ」
「そりゃ、グリズリーの森だからな。だけど仮にもグランシーヌの騎士団だろ。グリズリーぐらい何てことないだろう?」
グリズリーは確かに気性が荒く、狂暴な魔物だ。しかしそれでも討伐難易度はDそこそこ。亜種でもCなのである。普通なら騎士団 であれば問題なく対処できるはずだ。それに実力は分からないが、 団長もいたはず・
ここまで来るうちに十を超える死体を見てきた。何故こんな惨劇が起こったのかアレンは不思議でならなかった。
「普通のグリズリーならな。あいつらは統率されていた……まるで 誰かに指揮されているように。三十を超えるホワイトグリズリーに亜種も五体は確認できた。あいつらは亜種を中心に隊を組んで俺達に襲ってきた。奇襲をかけられ、隊列は分断された。結果は見ての通りさ」
アレンは思慮を巡らす。グリズリーが統率されていた? 本来そんなことはあり得ない。 確かに群れで動く魔物もいるが、グリズリーはそうではない。個々に動き、個々で考える。もし本当にそんなことがあるならば討伐難 易度なんて当てにはならない。ただ……
「団長はどうした。いくらなんでも団長はやられないだろ」
グランシーヌ騎士団団長……選ばれた者しか到達できない頂。その力は一騎当千と言われ、もし冒険者であればどんなに低く見積もってもAランクはある。だからこそアレンはエリーが最悪の事態にはなっていないだろうとは考えていた。
「あぁ、おそらくこの先にいる。俺達下っ端はグリズリーに襲われ 後退してきたが、団長があんな獣にやられるわけがない」
アレンはそれを聞いて少し安心した。だが同時に不安もよぎる。状況を見るに戦闘が始まってある程度時間が経っていると思われる。もしエリーが全てのグリズリーを討伐できて尚且つ無事なら部下を助ける為に戻ってくるはずだ。それなのに一向に姿を見せないとい うことはまだ戦闘中か、負傷で動けないのか、それとも既に…… 「お前らは町に戻れ。団長には俺が無事を伝えておく。あとは任せろ」
「任せろって……」
戦士の男は出てこようとした言葉を飲み込んだ。店で対峙したのは一瞬だった。しかしその一瞬でアレンの力が底知れぬものであると感じた。自分たちはもはや団長にとって足手まといになることは 明白だ。それならば……
「たのむ。団長を助けてくれ」
戦士と魔法使いの男は並んで頭を下げる。
アレンは黙ってうなずくと、再び森の奥へ向かって走り出した。
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