第5話 店主は素直じゃありません
日も完全に落ち辺りが暗闇に包まれた頃、アレンとディーネは同じ食卓で向かい合って夕食を食べていた。
食卓には一切れのパンとスープ、それに野草をかき集めたような サラダが盛ってある。
「今日もこれだけか……」
「はい、これだけです。それが何か?」
「いえ、いただきます… …」
アレンはパンをちぎってスープに浸して食べる。ディーネは料理 の腕は非常に高く、限られた食材でもそれなりに質の高いものを作る。質素な食事でも、ある程度我慢できるのはディーネの腕があってこそだ。
アレンは既に二十歳を超え、成長期というものはとうに過ぎているがまだまだ若い。肉や魚などたんぱく質豊富な食材を腹いっぱい 食べたいという欲求は常にある。
しかしこの店の経営状況がそれを許さない。
今日の売上もわずか数百リラン……これでは明日のパン代にしかなりはしない。ディーネはエレールの金庫番の任されている身であるため贅沢は敵なのだ。蓄えも僅かになっておりこのままではとても暮らしてはいけない。もはや店を畳んで、外に出ればアレンの実力ならば金を稼ぐ手段 はいくらでもあるのだが、その選択をすることはない。
しかし今日の二人の悩みの種は金に関することではなかった。二人は黙々と夕食を食べている。普段の食卓は質素でありながらも、もっと賑やかなのだが、今日は違った。ディーネは互いに同じことを考えているのだろうと確信を持ってアレンに話しかける。
「エリーさん、マグニー火山に行くって言っていましたね」
「……言っていたな」
「サラマンダーの素材が必要だって言っていましたね」
「……そうだな」
「団長って言っていましたけど、四大精霊に通用すると思います?」
「…………」
アレンの表情が曇る。
火の精霊サラマンダー。火、水、風、土を司る四大精霊の一つ。
火系統の生物、精霊の頂点に君臨する存在である。
普通ならば、人間如きが謁見することすら叶わない存在であり、ましてはその素材を入手するなど、一つの騎士団で行う任務の難易度では到底あり得ない。
何かしら事情があるのだろうが、いくらグランシーヌ第四騎士団団長であっても失敗に終わるだろうというのが二人の見解であった。
失敗=死。
アレンは皿に残ったスープを流し込み、家に隣接する店の方に向かい何やら探し物を始めた。
「ディーネ、火口石の在庫はここにあるだけだよな」
火口石とは火の魔力を帯びた石であり、武器や防具の生成の際に使われるものだ。日常的に使うものではないし、鍛冶屋でもないため、この店では大して在庫も用意していない。
ディーネはうっすらと笑い答える。
「えぇ、そうですよ。そろそろ入荷しないといけませんかね」
「そうだな。明日は店を休みにして取りに行こうか」
「はい、そうしましょう」
アレンはもやもやが晴れたように、すっきりとした表情をしていた。
『ほんと素直じゃないんだから』
ディーネは心の中でそう思いながら、もしかしたらアレンの呪縛を解いてくれるのがエリーなのではと期待せずにはいられなかった。だからこそエリーをここで失うわけにはいかないと心に決めた。
しかし憂鬱なこともあった。
『はぁ。でもサラマンダーかぁ』
このような事情がなければディーネは決して近寄る場所ではないのである。それは相手が強敵だからとか、行けば死ぬかもしれないという理由でもない。ただ戦うだけだったらどれだけ楽か……
そんなことを考えながらも気持ちを切り替えて、
「マグニー火山に行くなら、明日、日が昇って明るくなったらすぐに向かいましょう。エリーさん達も暗いうちは動かないでしょうし、急げば追いつけると思いますよ」
「だな。俺だったら半日もあれば着く距離だ」
ディーネはクスっと笑う。
「アレン、火口石を取りに行くんじゃなかったんですか?」
「あっ……ち、ちがう。火口石を取りに行くついでに、困っていたら助けてやろうってことだよ。目の前で人が困っていたら手を差し 伸べるのが普通だろ」
動揺するアレンを見ながら、楽しくもあり、誇らしくもなる。
『世間的には困っている人を助けるのが普通って堂々と言う方が恥 ずかしい人が多いと思いますけどね。でもそれがあなたの素敵な所なんですよね』
と、思いながらも「はいはい」とあしらいながら、鼻歌まじりに 気分良く食器の片づけを始めた。
「アレン、起きてください。そろそろ起きないと追いつけませんよ」
「ん〜、あと五分……」
昨日、日が昇ったら直ぐに出発しようと約束していたはずなのになかなか起きてこないアレンを見兼ねて部屋まで起こしにきたのだが……。アレンははだけた毛布を頭まで被り直した。
「子供みたいなこと言わないでください!」
アレンの毛布を勢いよく引っぺがすと驚いたように目を開く。
「お、おはようございます」
「はい。おはようございます」
ディーネはニッコリと微笑むが目の奥は笑っていなかった。
「早く着替えてください。すぐ出ますからね」
「朝ごはんは……」
「そんなものはありません。寝坊したアレンが悪いんですよ。じゃあ私も準備してきます」
ディーネが部屋を出るとアレンはガッカリしながらも、いそいそと着替え始める。一通り準備を済ませ、リビングへ向かうと既にいつでも行けますよと言わんばかりに背中に茶色いリュックを抱えた ディーネが待っていた。
「さぁ、出発しましょう!!」
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