第4話 とても似ています、とても

「私はグランシーヌ第四騎士団の団長エリー・グレイシアよ」

 アレンの前に立ち止まり、軽く会釈をする。

 グランシーヌ騎士団とはアノールド国の王都グランシーヌが誇る十の騎士団からなる精鋭達だ。その中でも第一騎士団が最強の騎士団と言われ、例外もあるがその団長の強さが騎士団の番号を表していると言われている。

 エリー・グレイシアは騎士団の中で四番目に強い騎士団長ということになる。

 しかしそんな大物が相手でも、アレンは臆することはなかった。

「そんなお偉い方が、こんな田舎の雑貨屋に何の用ですか?」

 アレンは厄介ごとであると感じていた。騎士団長ともあろう人が 完全武装でわざわざ店を訪ねてくるなど普通ではありえない。

「ちょっとこの店の店主に尋ねたい事があってね。あなたで間違いはない?」

「そうですよ。店長のアレンと申します」

 その名前を聞いて、エリーはピクリと反応し、じっとアレンの顔を見つめる。

 サファイアのように青く輝く瞳にアレンは吸い込まれそうな感覚を覚えた。

「アレン……なんか聞いたことある名前ね。私とどっかで会ったことあった?」

『しまった……』

 勇者パーティーにいるときはフードを深くか ぶり、あまり顔を晒していなかったので気づかれることはこれまで 皆無だったが、騎士団に所属しているならば、二年前に勇者パーティーにいた自分を覚えていてもおかしくはない。

 別に隠しているわけではないがばれると何かと面倒だった。それを察したのか、ディーネが助け舟をだす。

「アレンなんてよくある名前ですよ。それよりも尋ねたいことって何ですか?」

 エリーはディーネを一瞥し、

「それもそうね。それよりもさっきこの店に私の騎士団の二人組の男が来たでしょう?」

 アレンとディーネは顔を見合わせた。まさか王都の騎士団の人間とは思わなかった。

 騎士団と揉めるとどんな厄介ごとが待っているか分かったもので はない。アレンに関しては相手が誰であれ対応は変わっていないだろうが、 しかしあの二人の事だ。一方的に店の事を悪く伝えたのだろうと思いながらも正直に答える。

「騎士団の方かは分かりませんが、確かに二人組の男がきましたよ」

「そう、分かったわ。では、話を聞きましょう。何故、私が使いに 出した部下が一人は腹に穴をあけ、一人はびしょ濡れになって戻ってきたのかを」

 アレンにとって予想外の答えが返ってきた。それはディーネにとっても同じだった。普通、騎士団に手を出せ ば、どんな些細な事でもそれなりの処罰が待っているものだ。特に 最近のグランシーヌ騎士団は評判が悪い。いくら騎士団に否があろうとも権力によって握り潰すというのはよく聞く話である。今回の場合も最悪いきなり首を飛ばされてもおかしくはない事案 だ。だからこそ、アレンもディーネも警戒を怠らずエリーと対峙し ていた。

 それにエリーも部下の二人から話は聞いているだろう。かなり湾 曲された話を。  しかし、それでありながら目の前の女性は怒りの感情を表すことなく、冷静にこちらの言い分を聞こうとしている。

 アレンはその態度にいくらか好感を抱きつつ、この店で起こったことを事細かに説明した。

 その間、エリーは特に表情も変えず、口を挟むことなく、真っ直ぐとアレンの目を見て聞いていた。

「なるほど……今回の件はこちらに否がありそうね。団長として謝 罪します。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 そう言って、エリーは深々と頭を下げる。その行動に二人はさらに驚いた。

 アレンが言った言葉を全くと言っていいほど疑わずに、さらに騎士団長ともあろう人物が田舎町の平民に頭を下げるなど聞いたことがなかった。

 アレンは思わず声をかける。

「おい、いいのかよ。俺が自分の都合の良いように話しているだけかもしれないぞ。それに団長がそんな簡単に頭を下げていいのか」

 エリーは頭を上げ、

「私はまだまだ未熟だけど人を見る目はあるつもりよ。少なくとも 相手が嘘をついているかどうかなんて、目を見れば分かる。あなたを嘘は言ってない。対してあの二人は目が淀みまくり。どちらが悪いかなんて明白よ。それに否があるならば謝罪するのは当然だわ。 団長であろうがそれは関係ないし、むしろ団長であるからこそ、真 摯に謝罪するのが当たり前でしょ」

 何か不思議なとこがあるのかと言わんばかりに、アレンの目をみ つめる。その目をアレンは直視できなくなっていた。

 エリーという人物と話しているとやはり彼女が頭をよぎる。

『エレナ… …』

 ディーネもまた同じ感覚を覚えていた。だからこそアレンが気に なる。アレンの心の揺さぶりが見て取れるようだった。その姿を見 ることが辛くなりディーネが代わりにエリーに話しかける。

「エリーさん、私も店主も特に気にしていませんから。むしろ少しやり過ぎたかなって反省しているくらいで」

 すると、今までの張り詰めた空気を壊すようにディーネに笑いかけ、

「いえ、あの二人には足りないくらいだわ。私からもきつくお灸を すえてやらなきゃ。まぁ、これから炎の精霊サラマンダーが現出されるといわれているマグニー火山に向かうから気が立っているのも 分かるんだけどね……あっ、これは極秘任務だった。内緒で」

 エリーは人差し指を自分の唇に当てる。

「「サラマンダー!?」」

 二人は思わず声を揃え、カウンターから体を乗り出す。その行動 に少しばかり驚きながら、

「え、えぇサラマンダーよ。どうしても必要な素材があってね。じ ゃあそろそろ行くわ。邪魔したわね」

 そう言って、店を出ようと歩きだした。しかし店を出る直前に何 かを思い出したかのように振り返る。

「あっ、一つ聞きたいの。あの二人に高額な金を請求するのは分かる。確かに今では貴重なアイテムだから。それでも高すぎるけど、 商品の値段を決める権利は店にあるわ。だけど何故子供にはそんな 貴重なアイテムを百リランっていうはした金で売ったのかしら」

 アレンはこれまでも同じような売り方を続けてきた。一方では高額な請求で購入を妨げ、逆にはした金で貴重なアイテムを譲ることもある。もちろん市場価格と同程度で売ることもある。だからこそこの店の商品には値段が貼っていない。いわゆる時価というものだ。店主 の一言で物の値段が変わっていく。

 もちろんそんな売り方は客からしたら納得のいくものではない。 クレームも多い。エリーのように理由を尋ねる客も少なくもない。しかしそういった客を相手にしないアレンは適当な理由をつけ追っ払ってきた。そんなことを続けていくうちに店を訪れる客はみる みる少なくなっていった。

 今回もいつものように誤魔化そうかと思ったが、エリーの目を見ると思わず言葉が出てきた。「俺は、必要な人に必要な分しか売らない。確かにうちの店は他にはない貴重な品が多い。だからこそ買い占めようとする人間も多い。 そうすると本当に必要にしている人の所にアイテムが届かなくなるだろ。だからこそ俺は物を売るとき必ず理由を聞く。特に大量に買 い占めるやつらにはな。ちなみにあの子供の親はあのLvのアイテ ムでしか症状が緩和しない難病を患っている」

「百リランの理由は?」

 アレンは笑って答える。

「あの子が町中に捨てられている瓶を集めて売った金だ。知っているか? ひと瓶一リランにもならないんだぜ。それをあんな小さな 子が百リランも集めるんだ。何よりも価値のある金だろ」

 アレンの答えに思わずエリーも微笑む。

「確かにその通りね。納得したわ」

 その笑顔にアレンは体の奥が温かくなるのを感じた。その温かさ は五年前に感じたエレナと出会ったころの温かさを思い出させてく れるものだった。するとエリーは薬草類が置いてある棚に向かい、その中でも一番 安価のものを手にしてカウンターに置いた。

「腹を殴られて痛がっている部下がいるの。売ってもらえるかしら」

「五百リランでいいよ」

「あら? 安いのね。折角だからふっかけてもいいのに」

 エリーの手にした薬草はいくら安価な物といっても王都では千リランはくだらないものだった。

「いやいや、団長殿にふっかけるなんて後が怖いからな。なんなら もう少し良いやつ持って行っていいよ」

「ふふ、あいつにはこれで十分よ。でもこんな商売して潰れないと いいわね、この店」

「余計なお世話だ」

 エリーは五百リラン硬貨をアレンに手渡し、

「じゃあ」

 と手を軽 く振って店を出て行った。



「むうぅぅぅぅぅぅ〜」

「どうした? ディーネ」

 ディーネは口をぷくっと膨らませてうねっている。

「なんか最後の方、私いない事になってませんでしたぁ? それに 女の人とあんな仲良さそうに話しちゃって。浮気ですかぁ」

「べ、別に仲良さそうになんかしてねぇよ。それに浮気ってなんだ よ。俺達はそんな関係じゃないだろ」

「はぁい。わかっていますよぉ〜だ。でも……」

ディーネは急にエリーが出て行った扉を見つめ、

「いい娘でしたね」

「あぁ、そうだな。あんな騎士団長もいるんだな」

 アレンがエリーが出て行った扉を見つめながら呟くと、ディーネ はカウンターに突っ伏して、

「わぁぁぁぁぁん、やっぱり浮気だぁぁぁぁぁぁ」

「あぁ、もう! めんどくせぇ!」

アレンもディーネもエリーにエレナの姿を見ながらも、お互いそのことに触れることなくこの日はこのまま閉店を迎えた。

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