第3話 口の悪い店主にはお仕置きです

「なんで店に客が来ないか分かりました?」

 ディーネは再びカウンターに座り、ニコっとしてアレンに尋ねた。

「あぁ、よく分かったよ。看板娘が実は水かけババアだったからだろ」

 アレンが笑いながらそう言った瞬間、頭上から再び大量の水が降 り注ぎ、アレンも水浸しになる。

 恐る恐るディーネの方を見ると、世にも恐ろしい顔をした魔女が そこにいた。

「誰がババアですってぇぇぇ」

「ご、ごめんなさい。間違っていました。この店には美人で奇麗な 女性しかいませんでした」

 濡れた床で、土下座をして謝る男の姿がそこにあった。

「分かればよろしい。じゃあこのままじゃ営業できないからしっかり掃除してくださいね」

「……はい」

 アレンは店を水浸しにした張本人に掃除を指示され、少し納得のいかないまま、モップを取り出し、床を拭き始めた。

 ディーネはその間休憩に入ると言って、カウンターに家から持っ てきたお菓子を並べ、雑誌を読み始めた。

「あれ? 俺この店の店主だよね?」

「そうですよ。ボケちゃったんですか?」

「いや、さすがにまだ大丈夫……」

「そうですか。無職になって路頭に迷わなくてよかったです」

「………………」

 ……三十分後。

「掃除、終了!」

「お疲れ様です。水拭きしたおかげで床が奇麗になりましたね。あ っ、お菓子食べます?」

 カウンターから、食べかけのお菓子の袋をアレンに向けて差し出 す。

「おっ、貰おうかな。ありがとう」

 一枚しか入っていなかったクッキーを取り出し口に運んだ。

 少し湿気っていた……

「じゃあ、休憩も終わりましたし、お仕事頑張りますね」

 そう言ったはいいものの、ディーネは再びカウンターに両肘をつ けて顎に手を当ててボーっとしている。

 休憩中と何が違うんだろうかとアレンは思いながらも、この店の状態では仕方ないかと、ディーネの横に座り同じポーズをとった。

「話を戻しますけど、なんでお客さんが来ないか分かりました?」

 思い出したかのように、ディーネはアレンに尋ねた。

「分かっているよ、そんなこと。客を選ぶなって言いたいんだろ……」

 アレンはボーっと入口を見つめながら悟ったように静かに答える。

「そうですねぇ。でもアレンには難しいんですよね。それに私はや めろとは言ってないんですよ。ただこの店の経営が心配なだけで……」

 ディーネは何故アレンがこんな売り方をするのか知っている。

 この店が開店してから二年間、ずっと同じ姿勢を貫いている。

 店を開店した頃は繁盛とまではいかないものの、珍しいアイテム 目当てに多くの客が店を訪ねてきた。

 しかし悪い噂が広まると客足もどんどん遠のいていった。

 それでもアレンの売り方は店がどんな状態になっても変わることはなかった。

 その信念はもはやアレンに一生付きまとうトラウマといっても過言ではなかった。   

 日が沈む頃、今日三度目の鐘が鳴った。

「今日はよく客が来る日だな」

「三組目でよく来るって言っている時点で危ないですね」

「うるせぇ!」

 そんなやり取りをしながら二人はどんな客が来たのかと、入口に目をやった。

 現れたのは輝く銀色の鎧に包まれ、腰には細い刀身の剣を携え、金色の髪をした女だった。

 先ほど来た男の鎧とは一目見ただけで、質が異なり、性能もその価値も段違いなものだと分かった。

 しかしアレンは女が着ていた鎧よりも女の顔にから目が離せなか った。

 自分より年下に見える彼女は確かに美人で、ディーネと比べても 遜色ないほどであったがそれで目を離せなかったわけではない。

「エレナ……」

 アレンは思わず小さく口に出した言葉を否定するように首を振り、もう一度彼女をよく観察する。

 『違う……そんな訳ない。エレナはもういないんだ……』

 スタイルや金髪の髪、何よりも真っ直ぐに前を見て己の信念を貫こうとする凛とした目、確かにエレナに似ている。

 しかしやはり別人だ。

 がっかりしたような、安心したような複雑な感情になりながらも 相手に悟られぬよう冷静に振舞う。

 ディーネもまたアレンと同じように感じていた。

 いつも客を笑顔で迎える挨拶も忘れてしまうほどにその女性の顔を見つめてしまった。

 ディーネが声をかけないので、それを察したアレンが口を開く。

「いらっしゃい。何かお探しですか?」

 女は店内を見渡すと、真っ直ぐにカウンターに向かって歩いてきた。

「私はグランシーヌ第四騎士団の団長エリー・グレイシアよ」

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