第50話 『鴨川の“等間隔”』
春の終わり、桜がまだ少しだけ残る頃。
私はひとりで、鴨川沿いのベンチに座っていた。
昼下がりの陽気に誘われて、多くのカップルが川辺に並んでいる。
京都ではよく知られた“鴨川等間隔カップル”という光景。
まるで等間隔に並ぶように、恋人たちが座っている。
──その中に、私もいた。
けれど、おかしい。
私は、隣に誰もいない。
それどころか、気づけば、周囲のカップルたちの“間”に、自分がぴったりと挟まれていた。
それぞれのペアから、ちょうど同じ距離で。
まるで、私は“埋める”ためにそこにいるようだった。
視線を感じた。
向こう岸。
土手の上に、赤い傘をさした誰かが立っている。
女のように見えたが、顔はわからない。
ただ、こちらをじっと見つめている。
その瞬間、隣にいたカップルが立ち上がった。
そして、私の顔をまっすぐに見て言った。
「代わってくれて、ありがとう」
そのまま、ふたりは揃って土手を登り、赤い傘の女のもとへ。
すると、まるで“誰もいなかった”ように、その場所が空白になる。
私は混乱した。
何が起きているのか分からなかった。
他のカップルたちも、次々と私を見て頷き、黙って去っていく。
そのたびに、赤い傘の女の下へ吸い寄せられていくように。
気づけば、川辺に残っているのは、私ひとりだった。
風が吹いた。
赤い傘が、こちらへと向かって開いた。
そこには、顔のない女がいた。
いや、顔はあった。
だが、どこかで見た顔──それは、
私自身の顔だった。
「……あなた、次の“間”よ」
女がそう囁いた瞬間、私は足が動かなくなった。
誰かに手を引かれる。
気づけば、土手の向こう、ベンチの列に私は座っていた。
“誰か”と等間隔に。
すぐ隣では、観光客がスマホで写真を撮っている。
楽しそうに笑いながら、
「京都っぽーい! 等間隔カップルだ〜!」
その声が遠く、どこか水中のように響いていた。
私は、声を出そうとした。
けれど、唇が動かない。
──動けなかった。
私は今、“間”そのものになっていた。
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