第24話 『消えるアクセサリーショップ』

 京都・新京極通の夜は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返る。


 それはまるで、昼と夜で“別の顔”を持つ街。


 私がそのことを知ったのは、大学の課題で夜遅くまで残った、ある日のことだった。




「ごめん、先行って。コンビニ寄って帰るから」




 夜9時過ぎ、キャンパスの裏口で友人たちと別れ、私は一人でアーケード街へ向かった。


 新京極通は、時間的にはもうほとんどの店が閉まっていたけれど、不思議と明かりが漏れている一角があった。




 それは、見たこともないアクセサリーショップだった。


 名前は「Eveilエヴェイユ」。黒いアイアンの看板に白い文字。どこかフランスっぽい雰囲気。


 妙に静かで、まるで音を吸い込んでしまうような空間に、私は吸い寄せられるように入ってしまった。




 中は、狭いながらも異様に整っていた。


 並ぶアクセサリーはどれも一点もののようで、どこか奇妙な形をしていた。


 曲がったリング。ねじれたブレスレット。赤黒い石のピアス。




「ご覧になりますか?」


 不意に、後ろから声をかけられた。




 振り返ると、黒いスーツを着た店員が一人。


 男とも女ともつかぬ顔立ちで、まるで人形のように無表情だった。




「あなたに似合うもの、きっと見つかります」




 その言葉に、なぜか断れず、私はリングを一つ、手に取った。


 その瞬間――


 まるで“指に吸い付く”ようにリングが滑り込んだ。




「ぴったりですね」


 店員が言った。




 値段は安かった。たった千円。


 会計を終え、外に出たとき、私はふと違和感に気づいた。




 次の日、授業中にノートを取ろうとして、はたと手が止まった。


 指輪の形が変わっている。




 昨日は確かに、波打ったような銀のリングだったはず。


 けれど今、私の指にあるそれは、まるで“鉄の鍵”のような形をしていた。


 しかも、指に異様にフィットしていて、外れない。




 怖くなって、次の放課後、もう一度Eveilへ向かった。




 けれど――そこに、店はなかった。




 同じ場所には、古いシャッターの閉じた空きテナント。


 隣の店員に聞いてみても、「そんなアクセサリーショップ、見たことないですねえ」と首を傾げられる。




 不安のまま家に帰り、ネットで「Eveil 京都 新京極」と検索すると――




「夜しか開いていない店」


「アクセサリーが変形する」


「店はすぐに消える」


「見つけたら“最後の罪”に気をつけろ」




 そんな都市伝説まがいの書き込みがいくつも出てきた。




 そして、数日後。


 私は気づいてしまった。




 指輪の形が“あるもの”に似ていることに。




 それは、私が高校のとき、親友だった女の子――


 彼氏を“奪った”その子が、最後に私に送ってきた、あのチャームキー。


 形も大きさも、まるであのキーホルダーにそっくりだった。




「あなたが、最後に壊したもの」




 そんな声が、夢の中で聞こえた夜。


 私は恐る恐る鏡を見た。




 そこに映る私は、笑っていた。


 けれど、その目元にぶら下がるピアスは――


 見覚えのない、赤黒い石のピアスだった。




 次の日から、周囲の人が、少しずつ私の“記憶”を失い始めた。


 サークル仲間が名前を呼ばなくなり、教授が出席を確認しなくなった。


 恋人の瞳に、私が映らなくなった。




 そして一週間後。


 鏡に映る私は、とうとう誰か別人になっていた。




 顔も、声も、指輪の形も。


 それは、私が過去に“壊してきた”誰かの要素でできているような……そんな、ぐしゃぐしゃに混ざり合った存在。




 最初に見つけたあの店――


「Eveilエヴェイユ」とは、目覚め”を意味するフランス語らしい。




 私はいま、誰かの罪”に目覚めたのかもしれない。




 この体が完全に変わりきる前に、誰かに伝えなければ。




「新京極で、夜にアクセサリーを買ってはいけない」


「店がなくなっていても、もう“それ”は、あなたの中にある」




 どうか、誰かが気づいてくれますように。




……私の名前は、なんだったっけ。


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