第23話 『鳩の呪い絵馬』

 あれは、京都に引っ越して半年ほど経った頃のことだった。


 河原町にある専門学校に通っていて、新京極はいつもの帰り道。


 飲み屋、雑貨店、神社、おみくじ……昼間は観光客だらけでも、夜になると意外に静かで、歩いていると妙に心が落ち着く道だった。




 ある夜、友人の由梨とプリクラを撮った帰り、ふと小さな神社が目に留まった。


 四条通のすぐそば――“誓願寺”。


 朱色の鳥居に、小さな鈴と、鳩のマークが印象的だった。




「あ、ここさ、恋愛の願い叶うって噂だよ。鳩が“縁結びの神使”なんだって」




 由梨が言う。


「へー、可愛いじゃん」と、私もそのときは軽い気持ちでお参りした。


 隣には絵馬がずらりと並んでいて、見ていると――ちょっと、妙なことに気づいた。




 全部の絵馬が、鳩のイラストの目を黒く塗りつぶしている。




 しかも、願いごとの内容も普通じゃない。




「○○と△△を別れさせてください」


「□□が浮気しますように」


「元カレが地獄に堕ちますように」


「××の新しい彼女、交通事故に遭えばいい」




……え、なにこれ。怖い。




「呪い絵馬、って呼ばれてるやつじゃん。京都だし、こういうの多いのかもね」


 由梨は笑いながら、自分も1枚絵馬を買って、何か書き始めた。




「え、なに書いてるの?」


「ナイショ♡」


 そう言って、絵馬を鳩の絵の中に下げた。




 それから三日後。


 由梨が、突然連絡を絶った。




 LINEも既読にならない。電話も出ない。


「バイト辞めたらしいよ」とか、「専門も来てない」なんて噂が出始め、私も何度か彼女の家を訪ねた。けれど、誰もいない。




 一週間後。


 ようやく連絡が来た。


 でも――それは、由梨のスマホから送られた“知らない番号”のメッセージだった。




 ごめん。思い出せないの。




 あの人の顔も、名前も、声も。


 何を壊したのかも、何を願ったのかも。




 鳩が、夢に出てきてこう言ったの。


「忘れてあげる。ただし、おまえの恋もな」




 だから、もう恋愛が、何かわからないの。




 メッセージはそれきりで、既読がつくことはなかった。




 数ヶ月後、誓願寺の絵馬掛けにふと立ち寄ってみた。


 あのとき、由梨がかけたであろう絵馬は、すでに見つからなかった。




 けれど――新しい絵馬の中に、ひときわ古びた木札が混ざっていた。


 その絵馬の鳩の目は、黒インクではなく、爪で削ったような傷で塗り潰されていた。




 そして、そこにはこう書かれていた。




「愛された記憶を消してください。


 その代わり、あの人の恋も壊してください」




 私は無言で手を合わせ、


 もう二度とこの場所には来るまいと、強く誓った。






 都市伝説としての噂:




 願いを叶える代わりに、自分の恋の記憶が消えるという条件つきの絵馬。




 鳩の目を黒く塗る“縁を断ち切る”暗示行為とされ、書いた者に呪いが返る。




 一度奉納した者は、3日以内に“ある夢”を見る。夢に鳩が出てきて、条件を告げてくる。

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