第21話 『Golden Hell(ゴールデン・ヘル)』

 ナンシー・ハーパーは、アメリカからやって来た大学院生だった。


 彼女の研究テーマは「日本建築と死生観」。


 その一環で、かねてから憧れていた京都・金閣寺を訪れた。




 金色に輝く三層の楼閣。


 水面に映る逆さ金閣。


 美しい――でも、何かが変だった。




 ナンシーはカメラを構えた。




 シャッターを切る。


 だが、ファインダー越しの画面に、人影が映った。




 黒ずくめの僧服のような影が、金閣の上層階に立っている。


 本来、立ち入り禁止のはずの場所だ。




 彼女はシャッターをもう一度押した。




 だが、そこには何も写っていなかった。




 その夜、彼女の宿泊先のホテルで、


 ナンシーは悪夢にうなされた。




――燃えている金閣。


――その中で、何かを抱いて笑う若い僧侶。


――焼け爛れた顔が、ゆっくりこちらを向く。




「君も……燃えれば、美しくなるよ」




 目覚めると、カメラの中のデータが一部破損していた。


 ただ一枚、残っていた写真があった。




 それは昼間撮ったはずの金閣の写真。


 だが、空は夕焼けに染まり、


 楼閣の最上階には、ナンシー自身が立っていた。




 翌朝、彼女は再び金閣を訪れた。


 何かに引き寄せられるように。




 周囲の観光客が笑い声を上げる中、


 ナンシーだけが、足を止めた。


 そして――池の水面に映る自分の姿に気づいた。




 そこに映っていたのは、真っ黒に焼け焦げた女。


 服は僧衣に変わり、口元はゆがんだ微笑を浮かべていた。




 池の中の“もう一人のナンシー”が言った。




「美しさに囚われる者は、


 炎と共に、永遠になるのよ」




 それから数日後。


 ナンシー・ハーパーは失踪した。


 最後の目撃情報は「金閣の写真を何度も見つめながら笑っていた」というものだった。




 今もSNSには、金閣寺を訪れた観光客の中に


 “金色の影を写した写真”が投稿されることがある。




 その影は――


 どこか異国の顔立ちをしているという。


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