第20話 『かぐわしき道(竹林の小径)』
嵐山で撮影の仕事があった帰り道。
午後五時をまわった頃、私はふと、誰もいない竹林の小径を歩いてみようと思い立った。
あの道には、観光客のざわめきが似合う。
でも今は静まり返って、風の音しか聞こえない。
……風の音、だよね?
何かが、囁いてるような……?
「――ようこそ」
え?
振り向いても、誰もいない。
背筋が冷たくなった。
気のせいだ、と自分に言い聞かせて歩き続ける。
でも、気づいた。
道が、終わらない。
何度も同じ竹が目に入る。
曲がり角も、鳥居も、何もない。
なのに、ずっと歩いているのに、同じ景色が続く。
足元には、小さな花が咲いていた。
――竹林には、そんな花はなかったはずだ。
ポツン、と立つ着物姿の女に気づいたのは、その数分後だった。
白無垢のような格好。
顔は見えない。
髪が、まっすぐ、肩から垂れている。
その女が、こちらを向いた。
「あなた、帰らなくていいの?」
その声に、胸が詰まった。
「……帰ります。帰らせてください」
女は静かに笑った。
そして、こう言った。
「なら、振り返らないことね。
振り返ったら、ずっと、こっちにいなくちゃいけなくなる」
私は走った。
息が苦しい。
目を閉じたら、足をとられて転びそうになる。
でも、絶対に振り返らない。
絶対に――
だけど、聞こえた。
「……お願い。置いていかないで……」
それは、私の声だった。
**
気がついたら、観光客の喧騒が戻っていた。
振り返ると、あの竹林の奥は、もうただの遊歩道だった。
でも、私のスマホの中には、
保存した覚えのない動画が残っていた。
竹林の奥。
私が、白無垢の女とすれ違う瞬間の映像。
そして、カメラに向かって――私自身が、微笑んでいる。
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