第12話 『白線ノ内側』
「清滝トンネルを通るときは、白線の外に出たらあかんで」
京都市右京区の山中。
車一台がやっと通れるほどの細いトンネル。
戦時中の遺構とも、処刑場跡とも、旧集落の抜け道とも噂される。
その道にまつわる話は決まってこう始まる。
「白線を踏むな。白線の内側にいろ。外に出たら、“入れ替わる”」
大学生グループ5人が、心霊スポット巡りの動画を撮るために、夜の清滝トンネルへ向かった。
運転はリーダー格の成瀬なるせ、助手席には恋人の彩夏あやか。
後部座席に撮影担当の友哉ともやと由梨ゆり、そして最後尾に無口な佐久間さくま。
トンネルに入る直前、地元の老人にこう声をかけられる。
「白線の中を歩きなさい。どんなに呼ばれても、決して、外へ出たらあかんよ」
笑って受け流し、彼らは中へ入った。
トンネル内は異様なまでに静かだった。
ライトを照らすと、壁に無数の手形が浮かび上がる。
その中に、まだ濡れているような赤黒い掌跡があった。
突然、車の窓が曇り始める。
そして、助手席の彩夏が、うわごとのように言う。
「あれ、誰……? トンネルの外に、誰か立ってる……」
「白線の……外に……お母さん……?」
一同が目を向けると、
確かにトンネルの端、白線の外側に、女の人影が立っていた。
「行っちゃダメだ!」と叫ぶも、彩夏はふらふらとドアを開け、白線の外へ。
成瀬が追いかけようとした瞬間、
助手席のドアが自動的にバタンと閉まり、
中にいたはずの彩夏が助手席に“まだ”座っていた。
だが彼女は、何も言わない。
目も合わせない。
「……ねぇ、いつ出るの? トンネル、長すぎない?」
車はそのまま走り抜け、出口へ。
清滝トンネルを抜けた瞬間、友哉が叫ぶ。
「今、外に立ってたのって……もう一人、彩夏だったよな!?」
車を停めると、助手席の彼女がゆっくり振り向いた。
両目とも、真っ黒だった。
「……中に入るの、わたしだけじゃなかったの」
成瀬たちは恐怖に駆られ、撮影データを確認する。
トンネル内の映像には、白線の外に、誰かが“ずっとついてきていた様子が映っていた。
そして映像の終盤。
一瞬だけカメラが真横を向き、白線の外に立つ“何か”が映る。
顔のない女。
だが、服装も髪型も、彩夏とまったく同じだった。
その後、彩夏は奇行を繰り返し、誰も顔を見なくなった。
彼女の部屋には、なぜか白線の外側だけ塗り潰した地図が貼られていた。
ある者は言う。清滝トンネルの“白線”は、境界なのだと。
内側は「現世」、外側は「還れぬ路」。
一度でも外に出たら、誰か”が代わりに内側へ入ってくる。
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