第11話 『飛び降りノ女』
彼女は、笑いながら「ここから落ちたら、何が見えると思う?」と言った。
清水坂の喧騒を抜け、夕暮れどきにたどり着いた清水寺。
観光地として有名なこの場所に、彼女は“映える”ためだけに現れた。
名前は柊さつき。
黒髪ストレート、長身、派手すぎない服装に、控えめな口調。
だが、瞳の奥に異様な“空白”があった。
彼女がSNSで知り合った青年、武田潤とともに、
その日、清水寺を訪れていた。
「すごい眺めだな……」
潤が言うと、さつきはゆっくりと振り向いた。
柵の外、清水の舞台の縁に、彼女は立っていた。
「ねぇ、知ってる? 昔の人はここから飛び降りたの」
「清水の舞台から飛び降りる”って、覚悟を決めるって意味なんだよ」
「……じゃあ、私が今、飛び降りたら――
あなた、どんな顔する?」
冗談だと思った。
だが彼女の目は、潤ではなく、誰か別の“何かを見ているようだった。
そしてその瞬間、彼女のスマホが自動的に撮影を始めた。
連写。
動画。
ライブ配信。
誰も触れていないのに。
さつきは落ちなかった。
だがその日以来、潤の周囲で“飛び降り”の事故が相次いだ。
バイト仲間が駅のホームから転落。
元カノがマンションのベランダから落下。
大学の友人が、ホテルの階段から墜ちる。
すべて、潤の身近な人物。
警察が事情を聞きに来た。
そのとき、彼のスマホには自動保存された動画が残っていた。
「清水の舞台の柵の外に立ち、笑うさつき」の姿。
……だが、その背景にある風景は、現実の京都ではなかった。
朱に染まった空、逆さに立つ木々、裏返った五重塔。
そしてさつきの口元が、こう動いていた。
「ねぇ、飛び降りて。先に、落ちてみて?」
潤は精神を病み、大学を退学した。
しばらくして、彼の部屋から「転落音」が聞こえたと通報が入った。
しかし、彼はどこにもいなかった。
窓も鍵もすべて閉じたまま。
ただ部屋の壁には、スマホのスピーカーから繰り返し流れる音声が残されていた。
さつきの声で、囁くように。
「あれ? まだ落ちてなかったんだ」
「あなたが落ちないなら……私が“引きずってあげる”ね」
その後、観光シーズンになると、清水の舞台の柵の外に立ち、
スマホを持って静かに笑う長い髪の女が目撃されるようになる。
写真に撮ろうとすると、スマホが勝手に連写を始め、
最後の一枚にだけ、自分の背後に女の手が写るという。
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