第13話 『あの音がする』

 京都に、一人で来た。




 予定が空いてしまったせいもあるけど、それより――あの夢がずっと気になっていた。




 石仏が並ぶ中を歩く夢。


 背後で風鈴みたいな音がして、振り返ると何もいない。


 だけど……私の後ろに“数”が増えていく。




 目覚めたときは毎回、心臓が締めつけられていた。


 そのたびに調べて、たどり着いたのが“化野念仏寺”という場所だった。






 嵯峨野の奥、小さな道を抜けて、ようやく辿り着いた。


 鳥居もなければ観光客もまばらで、全体がうすく苔むしていて――妙に、懐かしい。




 受付で拝観料を払うと、住職らしき男性がぽつりと言った。




「写真は……どうぞご自由に。ただ、音には気ぃつけてな」




 意味がわからなかった。


 でも、その“音”という言葉に、妙に胸がざわついた。




 境内を歩くと、風が吹いた。


 石仏がずらりと並ぶ、無縁仏のエリア。


 数えきれないほどの無表情な顔たちが、黙ってこちらを見ている。




 そのとき――




 シャリン……シャリン……




 風鈴のような、鈴のような音が聞こえた。




 はっとして振り返る。


 でも、そこには誰もいない。


 ただ……一番端にある石仏の“首”が、さっきはなかったような気がした。




 気のせいかもしれない。


 でも、進めば進むほど、音が近づいてくる。




 誰かがついてきているような気配。


 足音じゃない。


 気配でもない。




 数が、増えていく感覚。




 石仏の間を通るたび、視界の端に“白い人影”が立っているような気がした。




 そっとスマホを構えてシャッターを切った。


 画面には、石仏と……その間に、明らかに人のような“ぼやけた白”が立っていた。




 保存しようとしたが、スマホがフリーズした。


 再起動したとき、カメラフォルダに写真はなかった。


 代わりに、「録音ファイル」が一つだけ増えていた。




 再生すると、耳に馴染んだあの音が。




 シャリン……シャリン……カラ……ン。


 (女の声)『まだ足りない。』




 私は、もう歩けなかった。




 ふと見ると、参道の隅にベンチがあった。


 休もうとして座る。


 でもそこには、すでに“誰か”がいた。




 横を見ると、白い着物の女が、顔をこちらに向けず、石仏のほうを見ていた。




「ねぇ……」と声をかけると、女は静かに口を開いた。




「昔ね、ここに埋められた人たちが、


『もう一度だけ、誰かに数えてほしい』って思ってたの。




 一つ、二つ、三つ……って。


 自分が、忘れられてないかどうか、数で確かめたいって」




 そう言ったあと、女は立ち上がり、私のスマホをそっと手に取った。




 そして、私の写真を見て、言った。




「足りないね……まだ、“あなたの分”が写ってないもの」




 次に気づいたとき、私はひとり、境内の真ん中に立っていた。


 スマホには、写真が一枚だけ。


 石仏の列の中、私が“その一部として”立っている写真。




 誰が撮ったのかわからない。


 でも、あの音はまだ、耳の奥で鳴っている。




 シャリン……シャリン……

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