――六年後の、私たち

ステージに立つ瞬間、あの夏の海風と水しぶきが、いまも鮮やかに胸の奥で弾ける。

だけど、鏡の中の私たちはもう十二歳の少女じゃない。十八歳になった私たちは、大人びた衣装をまとい、光の粒を浴びながら、観客の熱気を肌で感じていた。


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🌸春風ももか


リーダーであるももかは、六年の間にすっかり“女優の瞳”を手に入れていた。

ピアノの前に座れば、淡く切ない旋律が自然と指先から零れ落ち、歌えばステージ全体が恋に沈む。ドラマ撮影では、クランクインのたびに緊張感を纏い、カメラが回ると自然に涙が零れる――そんな瞬間を何度も見た。


けれど、楽屋に戻れば、あの頃と同じように私たちを抱きしめてくれる。

「ねぇ、今日もみんな最高だったよ」

甘えた声に、十八歳になった今も変わらない、五人をつなぐ温度を感じた。


彼女のエッセイ『ももいろ日和』は、ファンの女の子たちに恋の勇気を与え、わたしたち自身にもまた、“恋する自分”を思い出させてくれる魔法の本になった。


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🖤水無月あおい


クールで、凛とした存在感を放つあおいは、舞台の袖で静かに呼吸を整えていた。

光が差し込むと、深い藍色の瞳が一瞬、遠くの誰かを探すように揺れる。

「今日の香り、分かる?」

彼女は楽屋でそう言って、自分のプロデュースした香水を私の手首に吹きかけた。ほのかにビターで甘い香りは、舞台の夜にぴったりだ。


ダークでアンビエントなソロ曲を歌う姿は、まるで月夜の湖の精霊みたい。

抑えた感情の奥に、触れたら溢れそうな熱が潜んでいる――ファンも、私たちも、その魅力に何度も息を呑んだ。


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💧幽谷しずく


静かな水面のようなしずくは、六年経っても透き通るような存在感を放っていた。

《Lueur》でのアコースティックライブでは、詩を紡ぎながらギターを抱く彼女が、まるで絵本の中の精霊みたいに美しい。


楽屋で彼女は微笑みながら、私たちに手作りのハーブティーを差し出す。

「ねぇ、落ち着く香りでしょ……?」

その声を聞くだけで、不思議と心の奥に静かな波が広がる。


ステージでは、観客の海に向かって手を伸ばす彼女の姿が、まるで“優しい水の女神”。

六年前の夏、彼女の涙に触れたときのぬくもりを、今でも思い出す。


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🎼白鐘ここね


小さな体に、大きな夢をぎゅっと抱えて走ってきたここねは、すっかり作曲家としてもアイドルとしても羽ばたいていた。

SNSで「癒し神」と呼ばれ、ピアノを弾きながら歌う姿は、光のしずくを振りまく妖精のよう。


楽屋の隅ではいつもタブレットで新曲を作っていて、ふと顔を上げると満面の笑み。

「みんなで歌ったら、もっと素敵になると思うの!」

彼女の無邪気な声は、六年前と変わらない透明感を持っているけど、その瞳にはしっかりとプロの光が宿っていた。


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🖤黒咲りりあ


そして――りりあ。

あの頃は最年少で、小悪魔みたいにツンとした彼女も、今は大人の魅力と甘い毒を纏った“ゴシッククイーン”。

ステージに立つだけで歓声がひときわ大きくなるのは、彼女が唯一無二のアイドルである証だった。


「今日のライブ、ぜったいバズらせるから!」

楽屋でスマホを片手に笑う彼女は、V系もロックも自分の色に染めてしまう天才だ。

でも、五人で手を繋ぐときは――あの頃の、寂しがり屋な瞳を隠しきれないまま。


ブランド《KRZIA》のドレスに包まれた姿は、まるで夜の水面に咲く黒い睡蓮のように美しい。


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そして私たちは――十八歳になった《SPLASH☆SUGAR》として、

六年前と同じように、でももっと熱く、もっと切なく、ステージに立つ。


水のライトが降り注ぐステージで、ファンのペンライトが海の波のように揺れる中、五人の視線が一つに集まった。

「――行こう、未来へ」


歌声が重なった瞬間、

六年前の恋と涙と約束が、すべて光になって溶けていった。


これからもずっと、この五人と――そして、あの夏に恋をした人と一緒に。

私たちの物語は、まだ、終わらない。

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『スプラッシュ・サマー・キス♡』〜アイドル達の夏と恋と″ホラー″〜 のびろう。 @nobiro2525

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