水無月あおい編:いっしょに笑って、泣いて、恋をした

朝からずっと、うそみたいに楽しくて。

キャストさんたちに手を振ったり、メンバーとおそろいのカチューシャで写真撮ったり、ポップコーンの味を当てっこしたり……。


でも、やっぱり。

私の“本当の時間”は、午後から始まった。


だって、来てくれたんだもん。

あの夏、一緒に深海みたいな夜を越えてくれた、あの人が。


「……あおい」


名前を呼ばれるだけで、ふわっと世界が色づく。

彼の声はいつだって、海辺の風みたいに心地よくて――


「待たせた?」


「ううん。わたし、ずっと楽しみにしてたよ」


そっと手を差し出したら、彼も迷わず重ねてくれて、

それだけで胸がいっぱいになった。


最初は、みんなでわいわい。

でも、気がついたら自然にふたりきりになってて。


気まずさなんてなかった。

むしろ、安心して、わたしの“素の顔”を見せられる唯一の人。


ホーンテッドマンションの前で、思わず腕にしがみついたら、

「……大丈夫、俺がいる」って笑ってくれて――


それだけで、もう、世界が敵でも平気って思える。


「……こわかった?」


「ううん。ちょっとだけ、びっくりしたけど。……でも、手、ぎゅってしてくれたから」


「そっか。……ずっと、握ってていい?」


そう言われたとき、鼓動の音が耳に響いた。


そのまま、ふたりでアトラクションを巡って。

おそろいのドリンク片手に、暗くなりかけたシンデレラ城の前で、風が吹いた。


夢の国の光が、だんだんとオレンジから群青に染まっていく。

ふたりで乗ったアトラクションのひとつひとつが、まるで記憶に刻まれていくみたいで――


「……あおい」


名前を呼ばれるだけで、心がふわりと浮かぶ。

胸の奥の“好き”が、そっと波紋を広げていくのがわかる。


「疲れてない?」


「ううん。むしろ……今日が、ずっと終わらなきゃいいのにって思ってる」


彼は少しだけ目を細めて、照れくさそうに笑った。

その笑顔が、やっぱり、わたしの世界をやさしく満たす。


シンデレラ城の下、夜のパレードが始まる少し前。

人の波から少し離れた木陰のベンチに、ふたりで腰かけた。


「……あおいさ」


「うん?」


「今日は、会えてよかった。ずっと、もう一度会いたかった」


「……わたしも」


声が震えるのを、どうにか抑えた。

でも、隣にいる彼の指先が、そっとわたしの手に触れたとき――


もう、抑えきれなかった。


「……ねぇ、こっち向いて?」


彼の声に促されて顔を向けると、すぐそこに彼の瞳。

わたしの表情を、どこまでも真っ直ぐに見てくれている。


そして、静かに、ゆっくりと、顔が近づいてきた。


胸が、ぎゅっと痛くなるほど高鳴る。

声も、呼吸も、全部止まりそうで。

でも逃げようなんて、思わなかった。


だって――


「……大丈夫?」


「うん……お願い」


その言葉が合図みたいに、彼の唇が、そっと触れた。


やさしい。

でも、どこか熱を孕んでいて、

触れた瞬間、世界が止まったような気がした。


唇が重なったまま、長い時間が流れた気がする。

何度も触れ合うたび、体の奥に火が灯るみたいで――


「……すき」


わたしがそう囁くと、彼も「俺も」と返してくれた。


その一言が、たまらなく嬉しかった。


気づけば、ふたりとも息を弾ませていて。

肩を寄せ合ったまま、静かにおでこをくっつける。


「ねぇ……あおい」


「ん……?」


「……このまま、夜が明けなくてもいい?」


その言葉に、思わず笑ってしまった。


「だめだよ。……明日は、ちゃんと一緒に朝を迎えたいもん」


「……そっか。じゃあ、今夜は――眠れそうにないな」


その言葉に、胸がきゅんと鳴った。


だって、わたしも、同じことを思ってたから。


「……あのね。お風呂、一緒に入ってくれる?」


「……うん。あおいがよければ」


わたしは頷いて、彼の肩に、そっともたれかかった。

ミラコスタの部屋は、もうすぐそこ。


窓の外には、海が広がってるらしい。

夜の海を見ながら、また“ふたりだけの時間”が始まる。


今夜は――ちゃんと、彼のぬくもりを確かめたい。


心が先に触れて、言葉が続いて、

最後に、身体がそれに追いついていく。


それはきっと、とても自然で、とてもやさしいこと。


「……大好きだよ。あおい」


「……うん。わたしも、大好き」


今日、わたしは夢の国で――

もう一度、彼に恋をした。


そして今夜、きっと――

その恋が、ほんとうの“愛”になる。

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