春風ももか編:夢の国で、もう一度恋をする

おとぎの国の門をくぐった瞬間、胸の奥がぽうっとあたたかくなった。

ミッキーのアーチをくぐる私の手には、彼とつないだ指――ひと夏前の“あの日”と同じ手のぬくもり。けれど今は、ちゃんと現実で、ちゃんと恋人同士で。


「うわぁ……! 今日、ほんとに夢みたい……!」


思わずスカートの裾をくるりと回しながら、私は笑った。

彼が横で、ちょっと照れたように目を細める。

「……そうだな。夢みたいに、かわいいよ。ももか」


……ばか。そんなこと言われたら、照れて歩けなくなっちゃうじゃん。


私はぐっと手を握り返して、顔をそらすふりして、ごまかす。

でもきっと、頬は桜色になってる。彼はその色が好きだって、知ってるから。


午前中はみんなで回ったパーク内。

けど、午後のパレードが終わった頃、みんな“空気”を読んで、ふわりと自然に解散した。


「ももか、行こう」


彼の声は、まるでおとぎ話のナレーションみたいにやさしくて。

私はうなずいて、ふたりだけの時間が始まった。


まず乗ったのは、ボートに乗って小さな世界をめぐるライド。

ほんのり暗い室内に、音楽と光がきらきら反射して、水面に揺れて――まるで図書館の、水に沈んだページの中にいるみたい。


「覚えてる?」

そっとささやくと、彼が頷いた。

「あの、濡れた床。閉じこめられた午後。ももかの髪が、光に透けて……きれいだった」


胸がぎゅっとなった。


「……また、閉じこめられてもいいかも。キミとなら」


彼の手が、私の頬に触れた。目と目が合って――

「……キス、してもいい?」


こくんと頷いた私に、彼はそっと唇を重ねた。


やさしくて、ちょっとくすぐったくて……なのに、胸の奥が熱くなった。

――これが、夢じゃない証拠。


その後は、アイス片手に歩いたり、ポップコーンの味をふたりで比べたり。

でも、どこかへ行くたびに、私の目は彼を追ってた。

「……好き。もっと、好きになってる」


彼に聞こえないように、小さな声でつぶやいた。


夜になって、パークの灯りが灯る頃。

ふたりでベンチに座って、肩を寄せて花火を見た。

ぱぁん、と空に咲いた光の花が、彼の横顔を照らす。


「……ねぇ」


私の声が、小さく夜に溶ける。

彼がこっちを見る。真剣なまなざし。

その瞳に、花火よりもずっと熱い光が宿っていて――

私は思わず、言葉より先に、唇を近づけてた。


ちゅっ……

ひとつ目は、いつもの、やさしいキス。


でも――


ふいに彼の腕が、私の背中を強く引き寄せた。

「……ももか」


名前を呼ばれただけで、胸が跳ねた。

「ん……っ」

ふたつ目は、深く、熱く、重なるキス。


花火の音が遠くなる。

世界からふたりだけになったみたいに、何も聞こえなくなる。

彼の手が、私の頬を撫でて、髪を梳いて、また私を求めるみたいに抱きしめた。


――これが、好きって気持ち。

――これが、恋人っていうこと。


「……ねぇ、ももか」

「ん……?」

「今夜、一緒に、泊まるでしょ?……ミラコスタ」


どきん、って心臓が跳ねた。


「……うん。だから……その、ね……」

言いかけたけど、言葉にならなくて。

私の手を、ぎゅっと強く握る彼のぬくもりで、もう充分だった。


「大丈夫。急がない。でも……ももかが、そばにいてくれるだけで、うれしい」


「……わたしも。今夜、いっしょに……夢、見ようね」


うなずき合って、最後にもう一度、花火に照らされながら、

深く――何度も――キスを交わした。


それは、もう夢じゃなくて。

“今”のわたしたちの、確かな答えだった。

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