第三章「#ずっと君に、見つけてほしかった」

目を開けると、そこは――“現実”だった。




だけど、どこか、色が薄い気がした。




教室。


アイドル衣装のままのわたし。


机の上には、光らないスマホが置かれていて、


窓の外では、波の音だけが続いてる。




「……戻ってきた、の?」




自分の声が、やけに遠くに聞こえた。




さっきまで、澪といたあの場所。


抱きしめてくれた腕。


やさしくて温かい唇。


すべてが夢だったかのように、消えていく。




……いや。




夢じゃなかった。




だって、唇がまだ、震えてる。


鼓動が、恋を覚えてる。




「……澪……っ」




わたしはスマホを手に取って、SNSを開いた。


ログインはできた。でも――




澪とのチャットは、消えていた。




DM履歴も、タグも、いいねも、


彼に繋がっていたすべてが、


この世界には「最初からなかった」みたいに。




「……嘘、でしょ……?」




怖いくらいに、澪の存在が消されていく。


けれど、わたしの“好き”は、消えなかった。




むしろ、色を増していく。


痛くて、あたたかくて、


何度でも思い出せるような気持ち。




どうして――どうして、いなくなったの。




なんで、“本気で好きになった人”だけ、


世界からいなくなるの?




「――りりあ?」




スタッフの声が聞こえる。


現場に戻れって。


PVの撮影再開だって。




そんなの、今のわたしにはどうでもいい。




だってわたし、今――




生まれて初めて、本気で恋したんだよ。




夜。


ベッドの中で、ずっと澪の名前をつぶやいた。




明かりを消しても、スマホを開いても、


澪は見つからなかった。




だけど、一つだけ。




“思い出”だけは、どこにも行かなかった。




あの笑い声も、


雨の中で見せた、少し寂しそうな横顔も。




あの夜のキスだけは、ちゃんとわたしの中にある。




(澪……わたし、あなたのこと……)




でも、どうすればまた会えるの?


ほんとうに、どこに行っちゃったの?




そうして、


気がつけばわたしは、自分のSNSに――




とある投稿を始めていた。




《#好きって言って、死ぬまでに》




このタグでしか、澪には届かない気がした。


だから、毎日、毎晩。




「――澪、聞こえてる? わたし、いまも、キミが好き」




そう呟きながら、


誰にも見せない投稿を、ひとつ、またひとつ。




一週間が過ぎて、誰も気づかなくなった頃。




ふと気づくと、通知がひとつだけ届いていた。




DM。


名前は――「mizuki_mio」




見た瞬間、息が止まりそうになった。




『会いに行く。約束、したもんね。』




それだけの、短いメッセージ。




でも、わたしには、それで十分だった。




澪は、忘れてなかった。


わたしのことを、ちゃんと見つけてくれた。




#ずっと君に、見つけてほしかった。




ほんとうに、そう思ったから。


この言葉を――わたしは、世界に叫びたかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る