第二章「#好きって言って、キスをして」
ねえ、わたし――
もしかして、ほんとに“好き”になっちゃったのかな。
この手を、離したくないって思うたびに、
胸の奥が、きゅうって痛くなる。
さっきから、ずっと変なの。
「どうしたの?」
水城みずき 澪みおは、わたしの顔をのぞき込んでくる。
碧い瞳が、水面みたいに澄んでて、見つめられるだけで、
息が止まりそうになる。
「……なんでも、ないわよ」
ぷいって顔を背けてみたけど、鼓動の速さは誤魔化せない。
だって、恋をしたときの気持ちなんて、誰も教えてくれなかったから。
浜辺の空気は、少しずつ色を変えていく。
夕焼けなのか、夜明けなのか、もうわからない。
ここは現実じゃないのかもしれないけど、
それでも、彼といる時間だけは、確かに“本物”だった。
「……ねえ、澪」
「ん?」
「さっきの言葉、本気だった?」
「どの言葉?」
「“好き”って……その、わたしのこと」
一瞬の沈黙。
そのあと、彼は小さく息を吐いて、目を細めた。
「本気だよ。じゃなきゃ、キミとここまで来てない」
その一言で、
胸の奥の何かが、やわらかく崩れ落ちる。
――ああ、やっぱり。
この気持ちは、ほんとうに恋なんだ。
怖くて、
信じたくなくて、
でもどうしようもなく惹かれてしまう感情。
わたしがアイドルとしてもらってきた“好き”とは、
まるでちがう、名前のない気持ち。
「……ねえ、澪」
「うん?」
「わたし、澪のこと――」
声が震えて言葉にならない。
でもそのとき、
彼がわたしの前にしゃがんで、そっと両手で頬を包みこんだ。
「言わなくていい。キミの目が、全部語ってる」
そして。
唇が、そっと、わたしの唇にふれた。
やわらかくて、あたたかくて、
涙が出そうになるくらい、優しいキスだった。
「……なんで、泣いてるの?」
「……わかんない。たぶん、うれしいだけ」
「だけ、じゃないんじゃない?」
「うるさい」
そっと唇を押し返して、顔を隠した。
頬が、焼けそうなくらい熱い。
だけど、次の瞬間――
水面がざわつき始めた。
「……澪?」
「……時間が、動き出してる」
「え……?」
「ぼくたち、もしかしたら、この“世界”から出られるかもしれない」
その言葉が現実味を持ったのは、
海の向こうに、ゆらゆらと“画面”が浮かび上がったから。
スマホのフレームのように光る輪郭、
そこには見慣れた《SNSの投稿一覧》が表示されていた。
だけど、なにかがおかしい。
そこにある投稿は、
わたしが“消したはず”のものたち。
「……これって……」
「“君が消したもの”を、ぼくが拾ってたんだよ」
「え……?」
「本当の“君”を知りたかったから。
画面の奥で、必死に笑ってた“キミ”を、
どうしても、見捨てられなかった」
彼の声は、震えていた。
「ぼくは、君を――“見てた”だけじゃない。
……ずっと、“好き”だった」
その言葉が、
まるで波になって、心を打った。
「……わたし、ずるいよね」
「どうして?」
「ほんとは、澪みたいな人に、
“好き”って言われたら……
もっと早く、全力で笑えたはずなのに」
「今、笑ってるよ」
「……うん」
たぶん、人生でいちばん素直に。
画面の中の“出口”が近づいてくる。
澪と手をつないだまま、そこへ向かう。
「ねえ、りりあ」
「なに?」
「ぼくらが出られたらさ――現実で、また会えるかな」
「ううん、違う」
「違う?」
「現実で、わたしが見つけに行くの。澪のことを」
彼が目を見開いたあと、
すぐにくしゃっと笑った。
「そっか……じゃあ、待ってる」
「……約束ね?」
「うん。絶対に」
最後の一歩を踏み出す前、
もう一度だけ、彼とキスをした。
今度は、さっきより少し長く、
でもやっぱりやさしいキスだった。
画面の向こうに飛び込んだとき――
わたしの心は、もう決まってた。
“本気の恋”って、
たぶん、こんなふうに始まるんだ。
その瞬間、世界が、まばゆい光に包まれた。
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