黒咲 りりあ編「#好きって言って、死ぬまでに」
プロローグ「#バズりたいだけだったのに」
アイドルって、ほんとに大変。
朝からレッスン、放課後は番組収録、
夜はファン向けのライブ配信やSNS投稿、しかも毎日映えてなきゃダメ。
かわいくて、元気で、面白くて、目立って、そして――
誰よりも「いいね♡」をもらわなきゃ、生きてる意味がない。
でもね。
わたしは、それが“嫌い”だったことなんて、一度もない。
だって、私は――
「センターの黒咲りりあですっ☆ 今日の“自撮り写メ”、どっちが盛れてると思う? Aか、Bか、それとも……“どっちも天使”って言ってほしいの? えへへ〜♡ コメントしてね♡」
ふふん♪
投稿してから30秒、すでにRT200突破。トレンド入りも間近って感じ?
「やっぱり“量より質”よね〜。今日のメイク、完璧だったしっ」
SNSの画面を見ながら満足げに頷いてると、隣のももかがくすっと笑った。
「ほんと、りりあちゃんは“自分の見せ方”をわかってるって感じだよね〜」
「当然よ♪ センターだもん、わたし。かわいくて当然!」
わたし、黒咲りりあは、《SPLASH☆SUGAR》の最年少でセンター。
漆黒のツインドリルに碧眼、ちょっとゴシックな衣装がトレードマーク。
プロデューサー曰く、「令和の黒薔薇」なんてキャッチコピーもあったっけ?
「でもほんとはね……もっとバズりたいの」
楽屋の鏡越しに、自分にだけ聞こえるように呟いたその時だった。
――#好きって言って、死ぬまでに。
ふと目に飛び込んできた、見慣れないタグ。
「……なにこれ、怖かわ……?」
スマホの通知欄に、数件のリツイートが並ぶ。
《#好きって言って、死ぬまでに》
《海辺でやる“呪いのライブ”のタグらしい》
《マジで消えたらしいよ、配信者》
……バカみたい。
と思った。でも。
(気になる……)
わたし、ホラー好きってわけじゃない。
でも、話題の波には乗らなきゃ意味がない。
しかも、そこそこ再生数がある“謎の海辺ライブ”?
怪しい動画ほど、バズる法則……って、あるじゃん?
「……行ってみる?」
思いついたら即行動。
マネージャーには“ロケハン”って言っとけばいいし、
自主配信としてアップすれば、炎上も怖くない。
わたしは、タグをタップして――
そこに添付されていた**“海辺の座標”**をクリックした。
その瞬間。
「――え?」
足元が、砂に変わっていた。
え? え?
わたし、いま、スタジオの中に……いた、よね……?
波の音。
潮風の匂い。
冷たい、塩気のある空気。
「なんで……ここ、どこ?」
スマホを見た。カメラアプリは起動したまま。
でも、配信開始ボタンを押していないはずなのに――
もう“LIVE中”になっていた。
しかも、コメント欄は真っ白。
誰も見ていない。
わたししか、ここにいない。
いや。
ひとり、じゃなかった。
「――見つけた、やっと」
その声に、振り向くと。
そこには、水面から現れたみたいに、
すべてが逆光に包まれた少年が立っていた。
白いシャツが濡れて、風にゆれて、
まるで波の化身みたいな……そんな子。
「……誰? ここ、なに? アンタ、どこから――」
「ここは“本当に好きな人”としか、出られない世界だよ」
少年は微笑んだ。
「きみが来てくれるの、ずっと待ってたんだ」
心臓がどくん、と鳴った。
「ま、待ってたって……わたし、別に、あんたなんか……」
「うん。知ってる。でも、ぼくはずっと、君を見てたよ。
画面越しに。アイドルとしての君を。
でも、ぼくが好きなのは、**“映ってない君”**なんだ」
ぐらり、と視界が揺れる。
なんなの、この子。
なんで、わたしのこと、そんなに……。
「さあ、ゲームを始めよう」
「げ、ゲームって……」
「ここから出る方法はただひとつ――“心から好きな人と、想いを交わすこと”。
それができないなら、ここでずっと……“映り続ける”んだ」
少年の瞳が、碧の奥で揺れていた。
その瞬間、わたしの背筋に冷たいものが走った。
これはバズりでも、ライブでもない。
――“呪い”だ。
でも、逃げられないなら。
選ぶしかないなら――
わたし、あんたと……恋してみせる。
たとえそれが、ほんとの恋じゃなくても。
バズりでも、演技でも。
なんでもいい。
「わたしが、本気になったら、
――アンタなんか、泣かせちゃうんだからっ」
ツンと顎をあげてみせる。
少年は、少し驚いたあと、優しく笑った。
「……その顔、やっぱり好きだな」
「っ、ば、バカッ、言ってなさいよ……!」
でも。
わたしの心の奥で、なにかがほどけていく気がした。
――たったひとりの、
“見てくれる人”が、ここにいる。
そう思った瞬間、
スマホの画面にひとつだけ表示されたコメントがあった。
《#好きって言って、死ぬまでに》
(――これ、ほんとは、わたしのための呪いだったんだ)
だから。
この夏、わたしは恋をする。
全部が、フェイクじゃない。
この想いだけは、本物にするって決めたから――。
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