エピローグ「きみの未来で、わたしを見つけて」
八月の終わり、空の色が秋へと変わるころ。
わたしたち《SPLASH☆SUGAR》は、最後の夏ライブに向けて、
ステージリハーサルの真っ最中だった。
「ここね、衣装、ちょっと乱れてるよ〜」
「う、うそっ……ありがとう、しずくちゃん……」
焦って胸元を直すと、ももかちゃんがくすっと笑った。
「ここんとこ、ここね、表情変わったよね。なんか、すっごく女の子になったっていうか」
「……えへへ、そうかな……?」
頬が熱くなるのを、髪のカールで隠す。
あの日から、わたしは確かに変わった。
「恋」をして、失って、また見つけて――
その全部が、心と体の中に残ってる。
ライブ直前、ステージ裏の鏡の前。
マイクを胸に押し当てて、小さく呟いた。
「きみの未来で、わたしを見つけて。
いつか、また会えるよね。
ちゃんと大人になったら、
きっと、きっと――」
ステージのライトがまばゆくて、
わたしの視界がにじんだ。
客席の向こうに、見覚えのある横顔が見えた気がして、
思わず歌う声がふるえた。
――幻だったのかな。
……いいえ、違った。
ライブの最後の曲が終わったその瞬間、
歓声の中で、誰かがそっとわたしの名前を呼んだ。
「……ここね」
振り向いたその先に、
わたしの記憶のすべて――律くんが、立っていた。
少し背が伸びて、
制服じゃないTシャツ姿。
でも、あのままの瞳で、わたしを見つめていた。
「どうして……どうして、ここに……?」
「……夢の中だけじゃ足りなかった。
“未来”に行くって、君が決めてくれたから。
ぼくも選んだんだ、ここに来るって」
彼の話は、まるで奇跡そのものだった。
律くんの魂は、ある事故で心を閉ざし、時間の狭間に留まっていた。
でも、繰り返される“あの一日”の中で、
わたしと出会い続けることで、記憶の奥に残っていた「生きる願い」が呼び戻された。
それは奇跡じゃない。
――愛の軌跡だった。
「きみの声が、何度も、何度もぼくを呼んだから。
この時間に帰ってこれたんだ。
君がこの世界に“律がいていい未来”を用意してくれたから」
「じゃあ、これはもう――夢じゃない?」
「うん。現実だよ」
そう言って、彼はわたしの手をそっと握った。
その温度に、わたしのすべてが応えた。
ライブ後の控室。
他のメンバーが盛り上がる中、わたしと律くんは二人だけで抜け出した。
向かったのは、あの日いつも踏んでいた、交差点の水たまりの跡地。
もう何も映らないアスファルトの上で、
わたしはそっと彼の胸に顔を寄せた。
「……ねぇ、律くん。
もうわたし、忘れないって決めたの。
きみがどこにいても、きっと探しにいくって」
「ぼくも。今度こそ、君を離さない」
夜風にふたりの髪がなびく。
わたしは背伸びして、彼の唇にそっとキスを落とした。
それから数日後。
雑誌のインタビューで、また、こんな質問をされた。
『最近、恋しましたか?』
わたしは少しだけ笑って、同じ事を答えた。
「しました。
一度じゃなく、何度も……同じ人に、です」
記者さんは「小学生とは思えない」と笑っていたけど、
それでいい。
大人になるって、たぶん――
心が誰かとちゃんとつながるってことだから。
この夏、
わたしは初めて「誰かの隣で生きたい」と願った。
彼の過去を知り、孤独を知り、
その全部を愛して、未来に連れてきた。
もう繰り返すことはない。
でも、この先、
わたしと彼の物語は、きっとずっと続いていく。
愛して、ふれあって、何度も確かめ合って――
そんな、未来を歩いていく。
それが、わたしの“スプラッシュ・サマー・キス”。
(白鐘ここね 編・完)
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