1945年8月5日(日)前橋大空襲

 深夜、突き上げるような轟音と激しい爆風で、源さんは飛び起きるように目を覚ました。

 時計を見る間もなく、全身を揺さぶるような振動が家全体を襲う。空はまだ薄暗いにもかかわらず、窓の外はすでに真っ赤な炎で染まっていた。

 遠くで赤い光が走り、熱波が窓を揺らした時、源さんは理解した。街全体が、まるで絵巻から抜け出たような、恐ろしい煉獄に呑み込まれていくのだと。

 隣で寝ていたハナは、けたたましいサイレンの音と爆撃の衝撃に、隣のケンちゃんを強く、強く抱きしめる。ケンちゃんの小さな体は、恐怖に震えながらハナにしがみついていた。言葉にならない悲鳴が、あたりから幾重にも、地獄の合唱のように聞こえ始めた。


 源さんは、迷うことなく家族の手を取り、松月堂を飛び出した。

 すでに店の屋根からは真っ赤な炎が噴き出し、長年街に漂っていた甘い匂いは、焦げ付く煙と肉の焼ける異臭に変わっていた。焼け付く地面は熱を帯び、裸足で逃げる人々の足から煙が上がる。

 人々は悲鳴を上げ、我先にと逃げ惑う。頭上では焼夷弾が雨霰と降り注ぎ、着弾するたびに周囲の建物が轟音と共に崩れ落ちていく。瓦礫が舞い、熱風が肌を焼く。

 街は火の海と化し、逃げ惑う人々はまるで燃え盛る地獄絵図の中にいるようだった。

 源さんは、崩れ落ちる瓦礫と叫び声の中を、商店街を縫うように、ひたすら前へ進む。ケンちゃんはハナの胸にしがみつき、恐怖に目を固く閉じていた。源さんはただ、家族の手を、ハナと美佐子の手を、そして小さなケンちゃんの手を、決して離すまいと握りしめた。この手で、必ず守り抜く

 。沈みゆく街と、小さく震える命を抱きしめ、心の中で何度も、何度も繰り返した。



 その夜、前橋の街は、文字通り、その姿を燃やし尽くした。

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