1945年8月4日(土)

 源さんは朝から、街が奇妙な静けさに包まれているのを感じていた。

 松月堂の戸をゆっくりと開けても、いつもの活気ある挨拶はどこにもない。道行く人々は、誰もがうつむき加減で、足音だけが重く、急ぐように響く。青い空の下なのに、まるで嵐の前のようだった。肌を刺すような不穏な空気が張り詰めている。

 子どもたちの遊び声も途絶え、普段はけたたましい蝉の鳴き声さえ、どこか遠くで寂しく響くばかりだ。源さんの胸の奥では、誰もが口には出さない、しかし肌で感じる予感が、ざわめきとなって渦巻いていた。この静けさは、まさに「嵐の前の静けさ」だと、源さんは直感していた。


 昼過ぎ、松月堂の菓子棚は、昨日よりさらに寂しげだった。

 わずかに残る菓子も、甘い匂いより乾いた粉の匂いが勝る。材料の確保は日に日に困難を極め、店の存続そのものが危ぶまれていた。

 源さんはふと、店番をする美佐子と、店の奥で小さな積み木で遊ぶ幼いケンちゃんに目をやった。

 彼らの無邪気な様子だけが、この異常な静けさの中で、唯一の現実と繋がっているようだった。

 遠くの空に低い、腹に響くような音が鳴り響く。それは、もう聞き慣れてしまった、不吉で乾いた響きだった。だが、源さんは動かない。この店と、この家族を、何としてでも守り抜くと、固く拳を握りしめた。

 彼の掌には、長年使い込んだ菓子の木型の感触が、確かで重い決意となって残っていた。


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