1945年8月2日(木)

 ケンちゃんは、朝から空を見ていた。

 大きな白い飛行機雲は、もう見えない。代わりに、まるで空に穴が開いたみたいに、どこか黒くて、重そうな雲が浮かんでいた。

 昨日から、町中に知らない顔が増えた。みんな、ケンちゃんたちのことを見ない。ただ、遠い目をして、黙って歩いていく。

 お母さんは、ケンちゃんを抱きしめる力が、なんだか少し強くなった気がした。


 昼間、ケンちゃんは源さんから、おまけのビスケットをもらった。いつもなら飛び跳ねて喜ぶのに、今日はなんだか、味がしなかった。

 夕方、遠くでまた、低い、腹に響くような音が聞こえた。その音を聞いたとたん、ケンちゃんはこの前のお昼の空を思い出した。白い線が空を切り裂いたときのこと。何もかもが、ぐらりとした。

 ケンちゃんは思わずお母さんの影に隠れた。お母さんは何も言わない。ただ、いつもよりずっと長い間、ケンちゃんの頭をそっと撫でていた。温かい手のひらが、ケンちゃんの小さな不安を、ほんの少しだけ包んでくれた。

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