1945年7月30日(月)
朝、ハナはケンちゃんを背負い、配給の列に並んだ。
いつもより列は長く、人々の間には普段にはないざわめきがあった。
昨日、高崎が空襲で焼けたという話が、はっきりと人々の口の端に上っていた。焼け出された人が、前橋にも流れてきているらしい。
列の前の女性が、小さな声で「もう、ここも時間の問題だねぇ」と呟いた。ハナはケンちゃんを背負い直した。背中の重みが、まるで岩のように、ずっしりと彼女の肩にのしかかる。
人々は互いに目を合わせようとせず、ただ黙々と列の進むのを待っている。
昼間は松月堂で、黙々と菓子を作った。甘さはほとんどない。代わりに、焦げ付いたような匂いが鼻につく。それは、見えない戦火の匂いだった。
夕方、ケンちゃんが突然、ひどく咳き込み始めた。彼の小さな顔が真っ赤になり、額に触れると、小さな体が熱い。ハナは思わず、持っていた木型を床に落とした。乾いた木型の音が、静まり返った店に響く。
ケンちゃんの小さな身体を抱きしめる。このまま、この子まで失ってしまうのか。涙が、ケンちゃんの熱い頬に、止めどなく落ちた。
隣家からは、物音一つしない。この街は、まるで息を止めているようだ。ハナは、ケンちゃんの寝顔を見つめながら、静かに、ただ静かに、夜が明けるのを待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます