1945年7月26日(木)
朝、ハナはケンちゃんを背負って庭に出た。小さな菜園のホオズキが、炎天下で赤々と実をつけている。熟れすぎた実は、今にもはち切れそうだった。
昨日の夜は、遠くの空が赤かったと、隣の奥さんが青い顔で話していた。煙の匂いが、風に乗ってここまで届くような気がした。
ハナはケンちゃんを抱きしめ直す。この小さな命を守ることだけが、今のハナの全てだった。ケンちゃんの柔らかな髪が、ハナの頬に触れる。その温もりが、唯一の慰めだった。
昼間は松月堂で、少ない材料を工夫して菓子を作った。砂糖はほとんどなく、甘さはサツマイモ頼みだ。
手のひらの木型は、もうすっかり馴染んでいる。菓子の甘い香りが、一瞬、不安な心を忘れさせてくれるようだった。
夕方、ケンちゃんが突然、空を指差した。その小さな指の先に、ハナは思わず視線を向けた。鉛色の空に、見たことのない銀色の筋が一本、ゆっくりと伸びていた。それは、まるで巨大な魚が泳いでいるかのようだった。ハナは、言葉にならない恐怖を感じ、とっさにケンちゃんの小さな顔を両手で覆った。彼の視界を塞ぐ。この恐ろしい光景を、幼い目に見せてはならないと、本能的に思ったのだ。
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