1945年7月24日(火)
工場での作業中、正一はふと、空に目をやった。いつもと変わらぬ青空のはずが、どこかざわついているように見える。
油と鉄の匂いが充満する工場内では、機械の甲高い音が響き続けている。最近、遠くの街が焼けたという噂が、工場の休憩時間にひそひそと囁かれていた。それがどこの街なのか、誰もはっきりとは言わない。
ただ、「次は自分たちの番かもしれない」と、皆の目がそう語っていた。正一の胸には、鉛のような重い塊が沈んでいた。
手のひらについた油を、正一は使い古された白い木綿の切れ端で拭った。汚れは落ちない。この手も、もう元のきれいな手には戻らないだろう。
かつて教科書をめくっていた頃の、まだ何の色にも染まっていなかった指先が、遠い夢のようだ。
夕方、ラジオから雑音混じりのニュースが流れてきた。聞き取れたのは「爆撃」「新型」という、耳慣れない、しかし不穏な言葉の断片。正一は、誰もいない工場で、その音に耳を澄ませた。
機械の轟音にかき消されそうな、微かなノイズの向こうに、聞き慣れない爆弾の響きが聞こえた気がした。それは、ただの訓練ではない、決定的な何かの始まりを予感させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます