1945年7月23日(月)

 朝、ハナはケンちゃんを背負い、配給の列に並んだ。真夏の太陽が容赦なく照りつけ、焼けつくような地面の照り返しが、肌を焼く。昨日も、一昨日も、この列は長く、終わりが見えなかった。人々の顔には疲労と諦めの色が浮かび、誰もが押し黙っている。

 手に入ったのは、乾いた芋の茎ばかり。それでも、ハナはケンちゃんの小さな手を握り直した。汗ばんだ小さな掌は、確かにハナの指を握り返してくる。この子が、明日も笑えるように。その願いだけが、ハナをこの厳しい現実に繋ぎとめていた。


 昼下がり、松月堂の奥で、ハナは黙々と菓子の木型を磨いていた。木目の奥に染み付いた蜜の匂いは、もうほとんどしなかった。代わりに、焦げ付いたような、乾いた匂いがする。それは、どこか遠くで燃えている、見えない何かの匂いなのかもしれない。

 夕方、ケンちゃんが突然、ひどく咳き込み始めた。顔が真っ赤になり、小さな体が熱い。ハナは思わず、持っていた木型を床に落とした。乾いた音が、静まり返った店に響く。ケンちゃんの小さな身体を抱きしめる。このまま、この子まで失ってしまうのか。涙が、ケンちゃんの熱い頬に、止めどなく落ちた。

 隣家からは、物音一つしない。この街は、まるで息を止めているようだ。ハナは、ケンちゃんの寝顔を見つめながら、静かに、ただ静かに、夜が明けるのを待った。

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