1945年7月20日(金)

 工場の鉄骨は、朝から熱を帯びていた。早朝の薄暗い中、すでに機械は唸りを上げている。正一は、無心で部品を磨く。彼の役割は、飛行機に使われる小さなネジを研磨することだった。手のひらの油はもう馴染みすぎて、指紋の溝まで入り込んでいるだろう。

 昨日、配給の麦飯に、初めて虫が混じっていた。誰も何も言わなかった。ただ、それを黙って取り除き、噛み砕く音だけが、不気味に耳に残った。皆の顔には疲労が刻まれているが、表情はなかった。


 昼休み、正一は工場の隅で水を飲んだ。生温い鉄の味がした。

 遠くの空に、飛行機雲が二本。まるで、昨日より一本増えた未来のようだと、ふと、正一は思った。その線が、どこへ向かうのかは知れない。ただ、空を見上げる誰かの視線を感じて、正一はすぐに目を伏せた。

 この空の下で、誰もが息を潜めている。工場から見える街の景色も、どこか灰色がかっている。いつか自分も、あの空の向こうへ行かなければならないのだろうか。正一は、研磨したばかりのネジを掌に載せた。冷たく、硬いその感触が、彼の心を支配する。

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