1945年7月19日(木)

 朝餉の支度をしながら、ハナはケンちゃんの寝顔を見た。小さな唇が、夢の中で何かを呟いている。

 配給の薄い粥を煮る鍋の底で、焦げ付く音がした。かすかな煙が立ち上り、鼻につく。こんな暮らしはいつまで続くのか。不安が胸の奥で、じりじりと焼けるようだった。去年の夏は、隣の家の縁側から、子供たちの笑い声がもっと響いていたのに。今年は、どの家も戸を固く閉ざし、静まり返っている。


 日中、ハナは松月堂で菓子の木型を洗った。年季の入った木目の奥に染み付いた蜜の匂い。かつては甘く懐かしい香りだったが、今はただ、遠い日の贅沢を思い起こさせるだけだ。

 水道から出る水は、以前より細く、ぬるい。街では、今日も「決戦」という言葉が飛び交う。けれど、ケンちゃんがこの世界を生きるには、もっと別の言葉が必要なはずだ。争いや憎しみではなく、平和や優しさ。

 ハナは、無言で木型を洗い続けた。冷たい水が指先を麻痺させても、その手だけが、熱を持っていた。ケンちゃんの未来を、この手で守りたいという熱が。

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