1945年7月18日(水)

 朝、源さんは松月堂の店先を掃いた。昨日までと変わらぬ竹箒の掃き心地。乾いた小石がカラカラと音を立て、チリトリに収まっていく。だが、道行く人の足音は、以前よりずっと少なくなった気がする。

 店の奥では、僅かに残る砂糖や小麦粉の残りが、日に日に減っていく。配給は滞り、闇市は遠い。このままでは、菓子を作ることすらままならない日が来るだろう。

 この街で松月堂を始めて数十年。菓子作りは、源さんの人生そのものだった。それが、手のひらからこぼれ落ちていく砂のように、静かに消え去ろうとしている。


 昼下がり、店番の美佐子が、軒下で空を見上げていた。その視線の先を追うと、白い飛行機雲が一本、西の空へ長く伸びていた。あの飛行機が、いったいどこから来て、どこへ向かうのか。そんな問いは、もはや無意味だった。

 源さんは、無言で帳簿を閉じる。赤字の数字は正直だ。

 この街の静けさは、ただの平穏ではない。それは、何かが失われていく音のない証拠。人々の表情から消えていく笑顔、子どもたちの遊び声が途絶えた路地。夕焼けが、店を、そして街全体を、不気味なほど赤く染め上げていく。それは、まるで街が血を流しているかのような色だった。


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