1945年7月16日(月)
朝から、正一が通う工場は、金属を削る熱と油の匂いで満ちていた。旋盤が唸り、火花が飛び散る。正一は、握りしめたドリルの感触が、もう自分の指の延長のように鈍い。
連日の重労働で、肩甲骨のあたりが鉛のように軋んだ。隣の作業台からも、乾いた咳が聞こえる。誰もが黙々と作業を続ける。報国のために、と誰もが言う。その言葉だけが、この疲弊しきった体と心を動かす唯一の理由だった。だが、目の前の錆びた鉄片は、ただ虚しく、重かった。正一の視線の先には、使い古された工具箱があった。そこには、かつては輝いていたはずの、彼の未来が詰まっているようだった。
昼食の麦飯を口に運ぶ。味は薄く、砂を噛むようだった。水筒の中の水も、生温い鉄の味がする。
窓の外、青い空に戦闘機の白い筋が一本、ゆっくりと伸びる。まるで、何も知らない無垢な筆が引いたかのような、純粋な白。あの飛行機はどこへ向かうのか。自分たちの未来も、あの煙のように、やがては青い空に溶けて消えてしまうのだろうか。
遠くで、また空襲警報の演習サイレンが鳴り始める。慣れたはずのその音が、胸の奥で、ひどく冷たく響いた。工場の中の熱気とは裏腹に、正一の心には底冷えするような寒さが募っていった。
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