妖精の草原についての一考察。
三澤いづみ
(これは後日、退任した教授の机の裏から発見されたものである)
第二回講義用準備草稿(清書は三回生に頼む。作業賃は銀貨一枚予定)
(承前)
まずは学生諸氏の手元にある資料を確認されたし。これは栄光あるダンゲージルス神聖皇国が、かつてダンゲージルス王国と呼ばれていた時代に発生した数々の出来事や逸話、伝承の記録を蒐集し、再構成したことで得られた知見の集積である。あらゆる記録はしょせんは記録に過ぎず、すなわち現代に生きる我々は過去の出来事を、過去の風景を、過去の人々やその空気そのものを目の当たりにすることは叶わない。どれほど詳細に記載されようと、せいぜいが出来の悪い模倣に過ぎない。
そのことを我々は今一度再確認すべきであろう。しかし稀に事実よりもなお鮮明に、克明に、なんとなれば叙情的に語られることもある。それは記録者が見聞きしたものは記憶に残った際にその人間の価値観によって彩られ、圧縮された言葉となり、伝達を意図するため文字として変容し、たとえば雪の結晶のように自然と形成され、人間の目には美しいものとして映るように――記録に過ぎない言葉たちが、結晶化し、物語のごとく輝きを帯びることがあるからである。
多くの記録が散逸、消失してしまったことは、かの勇者と魔王の決戦、討伐、あるいはその前段に当たる魔王封印の折、人類の大半から最初の魔王や魔族に関する記憶が忘却されたことと同様の原因に起因すると考えられている。これは我らが女神の御力によるものであるか、あるいは恐るべき魔王による最後の抵抗であったのか、未だに結論が出ていない。どちらにせよ魔王の脅威は完全に消滅し、同時に我らが女神も姿を消したとされているため、かつての真実を知る手段はもはや存在しない。このような過去の記録の破片をかき集め、おそらくはこうであっただろうと類推することのみが許されている。
また、これこそが我ら神聖皇国立ダンゲージルス大学の尊き使命である。
しかし、当時「物語」の形を取ったものがいたこと。また、口伝として残した吟遊詩人や芸人がいたことで、それらの記録は純正とは違う形状と構成になっており、それゆえに一部が欠損を免れたと考えられる。
資料をもとに作成、復元、再調査したものをまとめ直した際、浮かび上がってきた存在がある。それが『草原の妖精』と呼ばれていた極めて強力無比にして、特異な性質を持った妖精である。この妖精が一時期存在した。そしてこの世界から魔王や女神の影響が消えるのとほぼ同時に消失したことは、その記録や足跡が唐突に途絶えることからも間違いがない。一部の、論理性を持たぬ自称研究者たちは、草原の妖精こそが魔王の正体であった、あるいはその妖精は我らが掲げる女神であったのではないか、と侃々諤々の議論を交わしているらしい。なるほど興味深い推測である。『草原の妖精』は他に発見されたどんな妖精よりも理知的で、思慮深く、しかし人間社会で多くの騒ぎを引き起こし、関わり、そして混乱を招きながらも、今もなお親しみをもって語られる存在である。その在り方は女神に通ずるものがあるだろう。
近年発見された新事実がある。旧王国時代に禁足地とされた『妖精の草原』は魔王関連の記憶忘却現象と無関係であったのだろう。旧王国時代に持ち出された王族図書館の資料から当時の記録が複数見つかった。これによれば『妖精の草原』は当時の王太子殿下と宰相であった公爵閣下双方による、互いの勢力や配下を減らすための暗殺合戦の舞台となっていたらしい。今でこそ風光明媚な草原として知られるかの地であるが、当時は今ほど街道の整備も進んでいなかったこともあり、草原を突き抜けてゆくルートが最短とされていた。村や町からほどよく距離があり、騎士が巡回するには向かない地形であったことも災いして、草原周辺に暗殺者を潜ませることが、いわば流行していたのである。そうして両陣営から多くの死者を出した結果、草原を住処としていた妖精の怒りを買って、関係者ほぼ全員が何らかの不幸に見舞われた。これを醜聞として隠蔽したかったか、あるいは災厄の再来を恐れて、対立していた双方合意のうえ、草原そのものを忌避したことが禁足地指定の真相であった。
と、ここまでは資料を元に公表された事実である。これにもうひとつ、近隣にある農村から二冊の日記が発見されたことで、より詳しい事実が判明した。一冊は村長の遺したものである。その後起こった恐ろしい災禍は『草原の妖精』の仕業であった、と暗殺に関わった当時の村長は書き残しているが、重要なのはもう一冊。その村長の命令で、村に立ち寄ろうとした人間と妖精の二人連れを拒絶した、という村人の後悔の言葉である。妖精の来訪を知った村長はその後ほどなくして恐怖からか狂死したとのことだが、妖精の望みをはねのけた農村には何も起こっていない。そして、一年後に迎え入れた隣の村からの客人から妖精の振る舞いを聞いたことで、過ちに気がついた、とこの聡明な村人は興奮したことが伝わる乱れた文字で記している。
妖精の背丈は人間の幼子よりなお小さいが、その容姿は可憐にして清純なる美しい乙女そのものであり、彼女の口にする言葉は無垢としか思えないものであった。そして何より、同行する人間をまるで伴侶のごとく扱っていたのだと。もちろんその人間についての記録も残っている。黒目黒髪の少年である。草原の妖精が人々の口の端に登るとき、必ずセットで語られる年若き人間だ。この少年の特筆すべきことは旧王国の各地を巡り知識を、特に物語を収集していたことと、おそらく年を取らなかったことである。死を司る妖精の話や、騎士の嫁取り物語も、旅の途中で披露した彼の語りが由来とされている。だが、この不老の力を欲した旧王国の上層部は、分不相応な欲ゆえに、幸運を運ぶとされる『草原の妖精』と、王族としての血脈を永久に失う羽目になった。かつての旧王国の王族が処断され、神聖皇国へと生まれ変わった背景にはそうしたくだらない争乱があった。少なくとも引き金の一つではあった。そもそも当時の旧王国時代の大混乱と資料散逸の経緯を考えれば貴種たる王族の責任は極大である。我々学者がどうして墓荒らしのような格好までして、町外れの廃墟や盗賊団のねぐらから商家の物置の隅から隅まで這い回って、混乱に乗じて流出なり売却、盗難された書物、書簡、紙片、稀覯本などを拾い集めなければならんのか。それもこれも知識というものを売り物として扱った亡国の王太子とその胡乱な取り巻きどもの知性が欠如いたせいで後世の人間がしなくてよい苦労をする羽目に陥ったことを考えるに無知蒙昧な連中に権力を与えてはならぬ、という神聖皇国の宮中三訓の正しさを噛みしめるばかりであって……もとい、ここは政治について語る場面ではなかったことを書き添えておく。筆が乗ってしまった。失礼。
(ここから質疑応答の時間を取る。)
(次回講義の冒頭で学生の思想チェックを行う。危険思想を抱く疑いのある学生についてはリスト化し、教員と職員のみで共有すること。)
話を戻すが、我々の大発見はその先にある。『妖精の草原』より人間に連れ出された『草原の妖精』が長い旅に出る。その冒険譚は、我が神聖皇国だけでなく、隣国や海を隔てた他大陸においても広まり続けている。彼らが数十年、ありとあらゆる事件を引き起こした、とは言わない。しかし少なくとも詳細や犯人が不明の大騒動に何らかのかたちで関わっていたことはほぼ間違いのない事実であると思われる。そして黒髪の少年と妖精の二人連れは、基本的に善性や恩義によって判断や行動を定めることも記録から明らかである。そして、封印されていたはずの魔王が復活し、女神の託宣がなされ、魔王四天王のひとりが何者かによって討伐された時期を境として、彼らの冒険譚は更新されなくなった。
そこから間を置かずして魔王討伐がなされた。女神の加護も消え去った。何らかの関連性を疑うのも仕方のないことだろう。
しかし、我々の研究は、その是非や可能性を論じるものではない。
荒唐無稽な仮説となるが、聞いてほしい。
我々が今回調査を進めているのはさらに過去のことである。つまり、『草原の妖精』が歴史に登場したのは、本当に旧王国が妖精の草原と呼び表したかの地を禁足地に指定したときなのか。本当は、もっと昔からかの妖精はこの地に存在し、何らかの影響を我々に及ぼしていたのではないか。
今更だ。もはや遠回しな表現はやめよう。さらに過去の文献と照らし合わせ、ひとつの憶測が生まれた。かつて魔王が封印されたあと、魔王や魔族に関する情報は記憶や記録から失われたが、残ったものもあった。そこからの推測になる。
おそらくかつて魔王に施された「封印」とは世界から爪弾きにされた状態を指すのであって、退去したものの記録や記録は自動的に同じく「封印」される。前者は存在の除外だが、後者は意図的な消去であったのだろう。後者の記憶や記録が残っていることで、封印が緩む、あるいは弱まる危険があったのではないか。それのことを覚えている者が多ければ多いほど、意識すればするほど、世界に引き戻す力もまた強くなってしまう。
魔王が復活したことで、我々人間の記憶は復活した。魔王の存在が、記憶を呼び起こしたことになる。すなわち両者は互いに引っ張り合う関係にあったのだ。であるがゆえに先代の勇者の存在もまた消え去った。
それは封印であると考えられていたが、世界から一時的な退去、あるいは除外であってもおかしくはない。しかし、魔王は封印され、それを為した初代の勇者はいずこかに去ったとして、もうひとつ必要となるものがある。
封印を維持するための何か、あるいは誰か、さもなければどこか、である。何かあるいは誰かは、女神であったと考えるのが自然だろう。では、どこか。この場所を探し出すための苦労は、実はさほどでもなかった。世界中のあらゆる場所から探すのではなく我らが神聖皇国、かつて旧王国があった大陸のどこか。その条件で、不自然なまでに記録に残っていない場所をリストアップしたのである。
賢明なる読者諸氏であれば、ここまでの流れから、我々が何を言いたいのかを、すでにおわかりだろう。
記録には一切残っていない。『草原の妖精』以前の草原が、いかなる場所であったのか。
『妖精の草原』は旧王国の失態がゆえにつけられた名前だ。しかし『草原の妖精』はどうしてそこに居を構えたのか。魔王封印の地とは、もしかしたらあの草原であったのではないか。
我々が言いたいのは、つまり『草原の妖精』こそが最初の魔王封印の知られざる立役者であったのではないか。さらに女神の加護や託宣の性質を考えれば、それを為しうるためには力ある妖精だけでなく『勇者』となる資格や素質をもった人間が必要であり、合わせて考えると、妖精の伴侶とされた黒髪の少年こそが、『先代勇者』であったのではないか? この仮説である。黒髪の少年が現れて以降、妖精は世界中を旅するようになる。何年も、何十年も、あるいは百年単位で居着いていたであろう草原を離れて、人間と一緒に旅路に出るのだ。
妖精が草原を離れたから、魔王の封印が解けたのか? 可能性はある。魔王の封印が解けたから、黒髪の少年は再びこの世界に戻ってきたのか? それもありうる。魔王の封印とは百年単位で時代が違う? これも、もっともな反論である。
だが、少年は不老であった。妖精もまた不老であるか、あるいは数百年を生き続ける種族である。この二つを前提とするならば、成り立つ仮説ではある。
もちろん魔王や勇者と何ら関係なく、黒髪の少年と妖精の旅路が始まり、そしてその終わりの時期が重なった可能性も否定はできない。
(中略)
女神の去りしこの時代において、魔王という脅威もまた存在しない。しかし我々は国家の礎たる学問の徒である自負を持つ。魔王は討伐されたが、魔王に比肩する存在が今後永遠に出現しない、などといった楽観はできまい。であればこそ力ある妖精の協力を必要とするのは自明であり、その交渉手段の確立は急務である。すでに世界から魔王も、女神も、勇者も失われた現在において、残るのは各地にて遭遇が報告されている妖精のみが、超常の力を振るう存在である。ただし、現在までに対話を可能とした妖精の大半は『草原の妖精』ほど理知的でもなければ友好的でもなかった。かえすがえす旧王国の連中の失態に腸が煮えくり返る思いである。
さて、では本題である。
我々が憧れた冒険譚の主役たる『草原の妖精』ならびに黒髪の少年は、どこに消えたのか。隠遁した可能性は考えなくてよいだろう。あらゆる場所で騒ぎに巻き込まれ続けた両名が、世界の片隅で大人しく過ごしているなどといったことは一切考えなくても良い。学者としてはあるまじきことだが、これは絶対である。かつて幼心に二人の冒険譚に心躍らせて、その痕跡を追い求めた人間なら誰もが頷いてくれるものと信じている。ゆえに、残る可能性は二つ。一つは死去である。比翼連理として知られる両名であれば、一方が死したるときは、もう一方も後を追うであろう。互いの命を共有する。そうした契約を結んでいたのではないか、と考えられていたのだ。何らかの要因で一方が死して、もう一方も亡くなった。それ以降、世で二人の逸話が新しく生まれることはなかった。これが現実的な考えになるだろう。
もう一つの可能性は、この世界からの脱出である。前述の通り、魔王の封印は世界からの爪弾きであったとすれば、この世界には外側が存在することになる。かの勇者も――つまり先代ではなく、魔王討伐を果たした勇者もまた、この世界ではない場所より呼び寄せられた、と語られている。(果たしてそれが真実であるかは、当時の王国上層部や教会の上位神官のみが知りうることではあったが)ならば我々の予想で先代勇者であった黒髪の少年は、魔王封印後、いずこにいたのか。魔王と同じ場所かどうかは定かではないが、属性としては同じく「世界の外側」であったと考えるのが自然だ。
この世界にいたのであれば、そしてあれほどに草原の妖精との旅路で大騒動を巻き起こしてきた存在であれば、その動きが見えないなどということはありえない。
つまり、魔王と同じく世界から爪弾きにあっていた。不在であった。外側に追い出されていた。そう考えるべきなのである。
何らかの理由、方法により自発的にか、突発的にかは不明だが、彼は戻ってきた。その後、再会した妖精と旅に出ることになる。世界中を回り、その存在を惜しみなく世界に刻みつけて、そして四天王退治の直後、姿を消す。黒髪の少年が四天王の一人を討伐したことは、当該の街で宿屋をやっていた老婆の証言が取れている。同時期に彼を王国が賞金首として手配書を回したことも記録も残っている。見切りをつけて王国を離れ、数十年あるいは百年ぶりに戻ってきた二人を再び追い回すような真似をしたのだから、その世界ごと見捨てられたとしても不思議ではない。
かくして少年と妖精はこの世界を脱出し、外側へと去ったのではないか。それを知った女神もまた、魔王の討伐を見届けると、この世界への庇護を取りやめてしまったのではないだろうか。
と、ここまで来ると次の疑問が生じるであろう。
いかなる方法で、それを為したのか。
世界を渡る方法とはどんなもので、誰ならば用意できるのか。可能性が高いのは『女神』『魔王』『草原の妖精』『黒髪の少年』のいずれか、あるいは全員だろう。
女神はある日、地上に溢れた光のなか降臨なされたと神話に語られている。魔王は突然現れ、その暴威を振るい人々を苦しめるようになった。どちらにも共通するのは最初からこの世界に存在したものではない点である。もちろん我々は女神への隔意をもっていない。魔王と同一視しているわけでもない。
そういう意味では黒髪の少年も似た経緯がある。そもそもがこの大陸では稀有な外見的特徴を持っている存在ではあるのだが、生まれた場所が大陸の外であるか、世界の外であったかは大きな違いと言えよう。
一方で妖精は、この世界の原初から存在した、と考えられている。なんとなれば女神も魔王も妖精が呼び寄せた可能性すらある。しかし、妖精の魔法には限界があることを我々は知悉している。確かに妖精は強大な力を持ち、信用に値せず、人間を玩具のように扱う危険な知性体であり、狡猾で、残虐で、悪辣なものだが、かつての魔王や四天王のように、軍勢ですら蹴散らされるほどの脅威ではないのである。
女神や魔王に匹敵、比肩するほどの力があると信じられている『草原の妖精』を除いては、の話ではあるが
(草稿はここで一度途切れている)
(その続きでは、一度書かれた文章が黒いインクでぐちゃぐちゃに塗りつぶされている。)
(残った余白に、こうなぐり書きされている。教授の字はひどく乱れている。)
可能性。可能性だ。
『草原の妖精』が彼らを呼び寄せた可能性はあるか?
あるいは、この世界を作り出した可能性は
そんなバカな 去った妖精? 捨てられた我ら。世界までも
だが、もしかしたら造物主とは、
我らはどうやって生まれた? いつから、この世界に
途絶えた歴史
女神よ、貴女はこれを知っていたのか?
ああ、魔王。魔王よ、お前はもしかして、これに絶望して我々を
ああ……、ああ……
なぜ、こんな
嘘だ
いやだ、知りたくない
もう何も考えたくない
忘れよう。忘れなければならない。すべてを見なかったことにするのが最善である。そう信ずる。教会の人間はまさか最初からこれを知っていたのか? 妖精とはつまり
人間は
旅に出よう。真実を知るために。彼らの足跡を追えば、もしかしたら
妖精の草原についての一考察。 三澤いづみ @idumisawa
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