第4話 かまぼこの正体

 東京湾 漁船


 次の日わたしとクロは朝日も見えない早朝から漁船に乗っていた。


 昨日、築地の練り物屋のおやっさんが「かまぼこの正体が知りたきゃ、明日の四時にここへ来な」と言うので、仕方なく来たらこの漁船に乗せられて、今に至る。と言う訳である。


「別に口で説明してくれれば良かったんだけどな〜」わたしは本音を海に向かって打ち明けたが、ごうごうと吹き付ける風と荒波の音に脆くもかき消された。

 クロは寒さに震えながら、わたしの服の中に潜り込み、顔だけを出している。

「な、なぜこんな目に……」クロは嘆いていたが、真実を知ると言うことは、かくも険しい道のりなのだよ。


 程なくして投網による漁が始まった。凄い迫力ではあったが、邪魔しちゃ悪いし何より「寒い」ので、船内の休憩スペースで待つことにした。

 そこで温かいお茶を貰って温まっていると、外から「採れたぞー!!」と大声が聞こえた。


 慌てて外に出て駆けつけると、網に大量の魚がかかっているのが見えた。

「あれがかまぼこですかね!?」クロも興奮して服から顔を出す。


 おやっさんが一匹持って来てくれた。

 それは、胴体がちょうど、かまぼこと同じ太さの、細長く白い魚だった。


「こ、こいつがかまぼこの正体……ついに、この目で確認出来たぞ……」

 わたしはここまでの苦労を思い感動すら覚えた。


 おやっさんの説明では、この魚(カマボ魚と呼ばれていた)は、最近網にかかるようになった新種らしい。何でも温暖化の影響でスケソウダラが、あまり捕れなくなっていたところに現れた救世魚だとか。


 なんと鱗もなく、頭と尾を切り落とした後、縦に真っ二つにして骨をスルッと抜くと、完全に"かまぼこ体"になってしまうと言う、驚きの魚であった。これを板に乗せて蒸せば完成。正にかまぼこになるためにデザインされたような魚だった。

 試食させてもらったが、いつものかまぼこと同じ香り。同じ味、同じ歯応えだった。


 おやっさんはスケソウダラが捕れなくなり、平安時代から続くかまぼこ文化が潰えてしまうのではないかと、嘆いていたが、このカマボ魚のお陰で、今後もみんなの食卓にかまぼこを届けられると海の神に感謝しているそうだ。


 わたしたちは、陸に戻った後。一匹生きたカマボ魚を貰い、築地を後にした。

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