第3話 練り物屋
日比谷線
思ったより大変な調査になってきたなと思いつつ、築地を目指して移動中である。
クロはマナー的な理由で、リュックの中に入ってもらっている。
「築地的に猫がうろついても大丈夫ですかねぇ」クロは心配していたが、有能な助手を置いて調査はできないため、狭いリュックで我慢をしてもらっている。
かまぼこの正体を突き止めるために、まさか貰ったばかりのお年玉を、電車賃に充てることになるとは思わなかったが、このまま分からず仕舞いでは寝覚めが悪い。やはりここはとことん調査を進めるべきだろう。自由研究にもなるしね。
「まだ冬休みですけどね」リュックの中でクロがつぶやいた。
築地場外市場
わたしは駅を出てすぐに、鼻をついた潮の香りと、何かを焼く醤油の香ばしい匂いで、ここが「魚の街」なんだと理解した。
「うわ、すごい人だ……」
場外市場は、なんというか、お祭りの後みたいに雑然としてるのに、なぜか全員きびきびしてる。古い木造の建物や、半分開きっぱなしのシャッター。軒先には「マグロ丼」「たまご焼き」「干物セット」「カニクリームコロッケ」など、どう見ても観光客向けだけど、どれも本気のやつがずらっと並んでいた。
「築地ってもっと……おっきな冷蔵庫とかあるとこじゃなかったっけ?」
「それは豊洲に移転済みです。こちらは“場外”市場ですね」
クロがリュックから顔だけ出して説明してくれる。
「おっちゃん、これ、なに?」
「これ?生カラスミ。うまいよ〜」
「……小学生に売るもんじゃなくない?」
市場のおじさんたちはみんな元気で無敵みたいな声で喋っていて、わたしの質問にも一割くらいしか答えてない。魚を売る人たちは皆、人の話を聞かなくなるのだろうか。
「さて、肝心の練り物屋は、と」
市場の端の方に「練り物」と書かれた看板を見つけた。
あった。ここが、練り物屋。店には、ちくわ、はんぺん、さつま揚げ、ナルトなどがズラッと揃っている。
「これが、
わたしは宝石を眺めるような目でおでんの具などを見つめていた。そして、勿論そこには、かまぼこの姿も。
店の奥から比較的若い男の人が出てきた。
「おっ、こんちはお嬢ちゃん。何をお探しかな?」
他の築地おじさんたちと違い、この人は話をちゃんと聞いてくれそうだと思ったわたしは、迷わず聞いてみた。
「あのーかまぼこってなにでできてるんですか?」
比較的若い男の人は、ニッコリ笑って教えてくれた。
「かまぼこかい? かまぼこはねぇ、魚のすり身を板に乗せて加熱した魚肉練り物さ」
「魚のすり身!」
「そう、スケソウダラって言う魚が原料だな。ちなみに、ここにある、ちくわやはんぺん、さつま揚げもかまぼこの一種なんだよ」
やった遂に謎が解けた!かまぼこはスケソウダラのすり身!を板に乗せて加熱したもの!
「わかっちゃうと大したことないですね」クロがリュックの中から顔を出して言う。
でもわたしは満足だった。今聞いたことを手帳にメモして、お土産を買って帰るとしよう。
「じゃあ、ちくわとこんにゃく下さい」
「せっかく築地まで来たのだから、あの美味しそうなカニクリームコロッケを食べながら帰ろう」そう言って練り物屋を後にしたわたしだったが、ふいに後ろから呼び止められた。
「待ちな、嬢ちゃん!今の話には間違いがある!」
予想外の言葉に驚いて振り返ると、ねじり鉢巻に黒いエプロンを着たおじさんが、腕組みして立っていた。
「おやっさん!」さっきの、比較的若い人が驚いて言った。
「なんだなんだ?」リュックから顔を出したクロが、驚いたように頭を傾けた。
おやっさんと呼ばれたおじさんは自信満々に、言った。
「今のかまぼこは、もう…魚のすり身じゃあねぇんだよ……」
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