第5話 発露

 「どこに行っていたの?峻」


 家に帰ると、母さんが怒りながら待っていた。


 「仕事は?」


 「帰らせてもらったわよ。それより私の質問に答えなさい。あなたは学校をサボってどこに行っていたの?」


 「父さんは?」


 「はぁ?」


 「父さんは帰ってこないの?」


 「あの人は帰って来ないわ。むしろいない方が良いのよ。それより、私の質問に答えなさい」


 ふぅ、母さんだけか。できれば父さんにもいてほしかったけど。仕方ないか。


 「自殺」


 「ぇ」


 「自殺」


 「ど、どういうこと?な、なんで?で、でも峻は生きてるし………ぇ?」


 母さんは驚きすぎて何を話せばよいか分からなくなっていた。


 「しんどかったから、死んで楽になろうとした」


 「しんどかった?」


 「うん」


 「う、嘘よ。だってあなた、そんな素振り一度も」


 「してないよ、だって隠してたから」


 「な、なんで?」


 「嫌だったから、俺を相手を貶めるだしに使われるのが」


 「そ、そんなことは」


 「するよ、今の母さんと父さんなら。俺の苦しみを相手のせいにして自分を優位な立場にする」


 「そ、それは」


 「今、明確に想像できたでしょ?だから隠してた。夜寝れないことも、常に頭痛に悩まされてることも、ご飯を食べてもすぐ吐くことも、全部隠してた」


 「そ、そんな…………私は、ずっと峻を、苦しめてたの?」


 「うん、ずっと苦しかった」


 「そ、そうなんだ。私はずっと峻を………………そっか、私は」


 「……………」


 家に帰って来たときの母さんはもういなくて、今はただの子供のようだった。


 これからどうすべきか俺が悩んでいると、玄関の扉が開く音がした。

 父さんも帰ってきたか……………


 「な!?これは一体どういう」


 部屋に入ってきた父さんは泣き崩れる母さんとそれを見下ろす俺を見て困惑していた。そらそうか、息子を叱ろうと帰ってきたらこんな状態だもんな。

 でも、それがどうした。俺は俺の思いを伝える、それだけだ。


 「しゅ、峻k「父さん、俺の話聞いてくれない?」


 「あ、ああ」


 俺は父さんにも伝えた。

 今日は自殺しようとして学校をサボったこと。

 ずっと苦しみを我慢してたこと。


 「そ、そうか。俺は、いや俺達はずっとお前を…」


 俺の話を聞いた父さんは力なく床に座り込んだ。


 俺は座り込んだ父さんと泣き崩れている母さんを見て、こう思った。


 どうしよ、これ。


 正直自分の中では気持ちの清算は灯里さんに話を聞いてもらったことで既に終わっている。今、自分の気持ちを伝えたのは、こうしなきゃ状況が変わらないからだ。


 う〜ん、どうするべきだ、この状況。

 

 「私は…私はなんてことを」


 「俺は何故すぐに思い至らなかった…何故」


 なんか、あんなに怖かった父さんと母さんがこんなに落ち込んでる姿を見ると拍子抜けだな。まぁ、それだけ息子の自殺未遂がショックだったのか。


 てか、この二人、俺を怒るために帰って来たんだよね?

 だったら、ちゃんと怒ってもらわないと。

 

 「はい!注目!!!」


 「「え?」」


 「泣くのも、後悔するのも今することじゃない。今することは、貴方達二人で話し合って、俺を怒ることです」


 「「え?」」 


 「そもそも俺を怒るために仕事中断してるんでしょ?ほら、早く怒って」


 「い、いや峻。今それどころじゃ、」


 「そ、そうよ。今はあなたの苦しみについて」


 「俺の苦しみは今はどうでもいいの、はい切り替える」


 「「い、いや、そんなすぐには」」


 仲良くね?この二人。


 「じゃあ俺10分程外でぶらぶらしてるからその間に切り替えてね」


 「「…………」」


 それだけ言うと、俺は家を出た。

 自分でも無茶苦茶なことを言っている自覚はある。

 でも、今更あの二人に謝られたところでなにも感じない。

 そんなことをするより、大人としての姿を見せてほしい。


 今まで散々我慢してきたんだ、これくらいの我儘は我慢してもらおう。


 そう思い、俺は家の近所をぶらついてると………


 「あれ、峻じゃん」


 「ん?ああ、隼人はやとか。なにしてんの?こんなところで」


 下校中の友達に会った。


 「いや、それはこっちのセリフなんだけど…てかお前なんか変わった?」


 「なんでそう思うの?」


 「いや、なんつーか雰囲気?」


 「なんで疑問系なんだよ…それより、ゴリ先怒ってた?」


 「ん?ああ、お前今日無断欠席したもんな、夏季特別講習。だいぶ怒ってたよ」


 「まじかよ…最悪だ」


 「なんで休んだんだ?女の子か?」


 「お前が女の子っていうとなんかキモい」


 「あー、そういうこと言うんだ。そういうこと言っちゃうんだ」


 「ん?」


 「せっかくゴリ先がお前に出そうとしてる抜き打ちテストの範囲教えてやろうと思ったのになー。そういうこと言っちゃうんだー」


 「じょ、冗談じゃないか隼人。いや、ほんとお前はいつでもかっこいいよ」


 「見え見えの嘘つくなよ、ったく、あとでラ◯ンで送ってやるよ」


 「あざっす」


 「んじゃ、俺はそろそろ行くわ」


 「ああ、引き止めて悪かったな。また明日な」


 「おう。あ、峻」


 「ん?」


 「お前やっぱり変わったよ、今のお前すっげー輝いてる」


 「そっか、やっぱお前はキモいよ」


 「なんでだよ!?せっかく褒めてやったのに…」


 隼人はブツブツ文句を言いながら去っていった。


 「思ったより、簡単に素をだせたな……」



 はあ、これじゃあなんの為に苦しんでたか分からないな。

 でも、人生ってそんなもんか。

 自分を追い詰めてたものが、ふとしたキッカケで無くなる。


「ああ、死ななくて良かった」


 


 


 

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