第9話:惹かれ合う心、それぞれの場所

遠藤くんと、

公園で練習を始めてから、

一ヶ月が経とうとしていた。

夕焼けの色は、

少しずつ、

深みを増し、

夜風には、

秋の冷たさが混じるようになった。


私にとって、

彼との時間は、

もう、

日常の、

かけがえのない一部になっていた。

部活で疲れていても、

彼と会うと、

不思議と、

心が満たされていく。


彼の、

ひたむきな努力。

あの小さな体で、

誰にも文句言わせないくらい、

上手くなろうとする、

彼の情熱。

その全てが、

私の心を、

強く、

揺さぶっていた。


私もまた、

彼との練習で、

確実に、

レベルアップしていた。

彼の予測不能なドリブルに、

対応しようとする中で、

私のディフェンスは、

さらに研ぎ澄まされた。

相手の動きを、

一瞬で読み解く力が、

格段に上がった気がする。


そして、

彼もまた、

私の存在を、

当たり前のように、

受け入れているのが分かった。

私が来ないと、

少しだけ、

寂しそうな顔をする。

そんな彼の変化に、

私は、

密かな喜びを感じていた。


そんな、

私たち二人の、

穏やかな日常にも、

変化の時が訪れる。


インターハイ予選が、

いよいよ目前に迫っていた。

男子バスケ部も、

女子バスケ部も、

体育館の熱気は、

これまでになく、

高まっていた。


朝練は、

これまで以上に早く始まり、

夜練も、

時間いっぱいまで行われる。

チーム全体の集中力も、

極限まで高まっていた。


「みんな、声出していこう!

インターハイ、絶対勝つぞ!」


私の声が、

体育館に響き渡る。

チームメイトも、

それに応えるように、

大きな声で、

返事をする。


女子バスケ部は、

昨年、

惜しくも全国大会出場を逃していた。

だから、

今年にかける思いは、

一層強かった。

主将として、

私がチームを、

最高の舞台へ連れて行く。

その決意を、

胸に刻む。


昼休み。

食堂で、

チームメイトと、

昼食を食べていると、

男子バスケ部の、

大きな声が聞こえてきた。


「絶対、県大会突破するぞ!」


その声の中に、

遠藤くんの、

普段の練習では聞かない、

力強い声が、

混じっていた。


思わず、

そちらの方を見てしまう。

遠藤くんは、

チームメイトに囲まれて、

真剣な顔で、

話を聞いていた。

その表情は、

練習中とはまた違う、

男子バスケ部の一員としての、

強い覚悟に満ちていた。


(遠藤くんも、頑張ってるんだな)


心の中で、

私は、

そっと、

彼を応援した。

彼の努力が、

報われてほしい。

心から、そう願った。


部活が終わって、

公園に向かう。

遠藤くんは、

すでに、

練習を始めていた。

いつもより、

彼の顔は、

少しだけ、

疲れているように見えた。


「遠藤くんも、

部活、大変なんだね。」


私が言うと、

彼は、

汗を拭いながら、

「はい。

インターハイ前なんで、

練習、きついです。」

と、

素直に答えた。


「そっか。

無理、しすぎないでね。」


「先輩も。」


彼が、

私の目を、

真っ直ぐに見上げて、

そう言った。

その瞳には、

私への、

気遣いと、

そして、

深い理解が、

宿っているように見えた。


お互い、

言葉にしなくても、

どれだけ練習が厳しいか、

どれだけ勝利に懸けているか、

分かっていた。

そのことに、

なんだか、

胸が温かくなった。


彼のことを、

バスケ部の後輩として、

応援している。

それは、間違いない。

でも。

それだけじゃない。


私の心の中に、

芽生え始めた、

あの、

曖昧な感情。

それは、

友情とは、

明らかに違う、

特別なものだった。


週末の練習試合。

女子バスケ部の試合が終わり、

私たちは、

男子バスケ部の試合を見学した。

遠藤くんは、

スタメンではなかったけれど、

途中出場で、

コートに立った。


彼の、

小柄な体は、

長身の相手選手たちの中にいると、

埋もれてしまいそうに見える。

でも、

一度ボールを持てば、

彼は、

別人のように、

輝いた。


(すごい……!)


彼の、

予測不能なドリブルが、

相手ディフェンスを、

次々と翻弄していく。

あの、

私との練習で、

磨かれたステップだ。

そして、

相手が、

彼にマークを集中すると、

彼は、

冷静に、

フリーになった味方へ、

ノールックパスを出す。

味方が、

楽々とシュートを決める。


「(あの子の存在自体が、

もう戦術なんだ……)」


私は、

心の中で、

感嘆した。

彼は、

ただ点を取るだけでなく、

チーム全体の攻撃を、

活性化させる、

キープレイヤーになっていた。


そして、

試合の終盤。

相手チームの激しいディフェンスに、

攻めあぐねる男子バスケ部。

時間がない中で、

ボールが、

遠藤くんの手に渡った。


彼は、

躊躇することなく、

超ロングシュートを放った。

普段は見せない、

ここぞという時の、

決め技。

ボールは、

美しい弧を描き、

リングに、

吸い込まれていく。

きれいに決まった。


歓声が、

体育館に響き渡る。

彼は、

小柄な体で、

チームを救う、

ヒーローだった。


その姿を見て、

私の胸は、

激しく高鳴っていた。

それは、

バスケへの情熱だけじゃない。

彼への、

尊敬だけじゃない。


もっと、

個人的な、

もっと、

深い、

温かい感情が、

私の胸を満たしていた。


ああ、

これが、

「好き」ということなのか。


今まで、

曖昧だった感情に、

そっと、

名前をつけた。

それは、

少し照れくさくて、

でも、

ひどく温かい響きだった。


秋の空は高く、

澄み切っていた。

体育館の窓から差し込む夕日が、

二人の影を、

長く、

そして、

寄り添うように、

床に落としていた。


これから始まる、

インターハイ。

私たちは、

それぞれの場所で、

勝利を目指す。

そして、

きっと、

その先に、

私たちのアオハルが、

待っている。

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