第8話:触れる過去、バスケの理由
遠藤くんとの練習は、
もう、
私にとって、
欠かせないものになっていた。
部活で流す汗とは違う、
彼との隣で流す汗は、
なぜか、
特別に感じられた。
それは、
私の心に、
直接語りかけてくるみたいだった。
彼との練習は、
バスケの技術を磨くだけでなく、
私の心にも、
新しい風を吹き込んでいた。
彼のひたむきさ、
彼の情熱が、
私自身の情熱に、
静かに火をつけていく。
彼の、
ひたむきな努力。
誰にも見せない場所で、
黙々と技を磨く姿。
その全てが、
私を惹きつけていた。
私自身、
主将として、
チームを引っ張る立場だけど、
彼のような、
純粋な情熱を、
忘れてしまっていた気がした。
ある日の練習後。
私たちは、
いつものように、
ベンチに座って、
冷えたペットボトルのお茶を飲んでいた。
空はもうすっかり夜の帳が降り、
公園の街灯が、
ぼんやりと、
私たちを照らしている。
昼間の喧騒が嘘のように、
公園は静まり返っていた。
「先輩って、
普段の部活の練習終わってから、
ここまで来て、
疲れないんですか?」
彼が、
ペットボトルを傾けながら、
小さな声で聞いてきた。
その声は、
いつもの遠慮がちな声ではなく、
どこか、
素直な疑問が込められている。
彼の視線が、
私の顔を、
じっと見上げている。
「んー……。
疲れない、って言ったら嘘になるかな。」
私が正直に言うと、
彼は、
少しだけ、
目を見開いた。
私の言葉が、
意外だったのだろう。
普段の私は、
弱音なんて吐かないから。
「でも、
遠藤くんと練習するの、
楽しいから。
それに、
あんたが、
毎日頑張ってるの見たら、
私だって、
サボれないなって思うし。」
私が笑って言うと、
彼は、
照れたように、
俯いてしまった。
その耳が、
赤くなっているのが見える。
彼のそんな反応が、
私にとっては、
なんだか可愛らしくて、
心が和んだ。
「俺は……。
先輩がいてくれると、
すごく助かります。」
彼が、
小声で、
ぼそり、と呟いた。
その言葉が、
私の胸に、
温かく、
じんわりと染み渡る。
私が必要とされている。
その事実が、
私の心を、
満たしていく。
「前に、
背が低いから、
バスケ諦めろって、
言われたって言ってたでしょ?」
私が、
彼の言葉を、
拾うように、
優しく尋ねた。
あの日の彼の、
寂しそうな横顔が、
私の頭に、
鮮明に蘇る。
彼の過去に、
もっと触れたい。
そう思った。
彼は、
ぎゅっと、
膝を抱え込むように、
体を丸めた。
彼の瞳が、
遠い過去の記憶を映している。
その目に、
わずかな影が差す。
「……はい。」
その声は、
普段よりも、
もっと、
小さかった。
まるで、
その記憶が、
彼を、
また、
傷つけるみたいに。
彼の声が震えているのが分かる。
「誰に言われたの?」
私は、
つい、
そう聞いてしまった。
彼の、
その過去の痛みを、
もっと知りたいと思った。
彼の全てを、
知りたいと願った。
彼は、
少しだけ、
躊躇する素振りを見せた。
沈黙が、
二人の間に流れる。
街灯の光が、
彼の顔を、
ぼんやりと照らしている。
彼の心が、
開かれるのを、
私は、
静かに待った。
でも、
やがて、
ゆっくりと、
口を開いた。
彼の、
決意を感じた。
「ミニバスのコーチ、とか。
中学のバスケ部の先輩、とか。」
彼の声は、
震えていた。
まるで、
その言葉を口にするだけで、
当時の辛さが、
鮮明に、
蘇るみたいに。
その記憶が、
彼を、
今でも、
苦しめているのが分かる。
「親にも、
言われたことあります。
『もう十分頑張ったから、
他のことしてもいいんだよ』って。」
その言葉に、
私は、
胸が締め付けられる思いだった。
それは、
諦めろ、という直接的な言葉よりも、
ずっと、
残酷な響きだった。
親の優しさの中に、
彼の限界を、
暗に示されている。
それが、
どれほど、
彼の心を、
幼い心を、
深く傷つけたのだろう。
彼が、
どれほどの孤独の中で、
バスケを続けてきたのか。
想像するだけで、
胸が苦しくなる。
「でも、
俺は、
諦めたくなかった。」
彼の瞳に、
強い光が宿った。
その光は、
夕焼けの空の下で、
何度も、
届かないシュートを、
打ち続けていた、
あの日の彼の瞳と、
同じ光だった。
いや、
あの時よりも、
もっと強く、
もっと、
輝いている。
「だから、
誰にも文句言わせないくらい、
上手くなろうって。
背が低くても、
通用するって、
証明したかった。」
彼の言葉が、
公園の夜の静寂に、
響き渡る。
その言葉の一つ一つが、
彼の、
バスケへの、
ただならぬ情熱を、
物語っていた。
彼の、
揺るぎない決意が、
私の心に、
まっすぐに、
ぶつかってくる。
彼の家族が、
彼の「小ささ」を、
気にしていたことも、
なんとなく察することができた。
だからこそ、
彼が、
どれほどの覚悟で、
バスケを続けているのか、
私には、
痛いほど分かった。
それは、
私の「でかい」というコンプレックスとは、
また違う、
けれど、
同じくらい深い、
彼の苦しみだったのだ。
その苦しみを乗り越えようとする、
彼の強さに、
心が震えた。
「そっか……。
あんた、すごいね。」
私が素直に言うと、
彼は、
また、
照れたように、
俯いてしまった。
でも、
その顔には、
どこか、
満足そうな色が浮かんでいた。
彼の努力が、
報われた瞬間の、
柔らかな光。
彼の、
そんな過去を知って、
私は、
なんだか、
彼のことが、
もっと、
もっと、
好きになった気がした。
それは、
バスケ選手としてだけじゃない。
遠藤海斗という、
一人の人間として、
彼の強さ、
彼の弱さ、
彼のひたむきさ、
彼の抱える痛み、
その全てが、
私の心を、
深く、
深く、
揺さぶった。
彼が、
どれほど、
このバスケに、
自分の人生を懸けているのか。
それが、
私の心に、
まっすぐに、
響いた。
夜空には、
満月が、
静かに輝いていた。
ひんやりとした風が、
私たちの間を吹き抜ける。
まるで、
私たちの心を、
そっと、
包み込むみたいに。
まだ、
言葉にならない、
曖昧な感情。
それは、
「好き」という、
単純な言葉では、
片付けられない、
複雑なものだった。
でも、
それは、
バスケを通して、
彼と私を、
強く、
繋ぎ止めている。
彼の存在が、
私の心を、
どんどん満たしていく。
アオハルな夜は、
深く、
そして、
静かに、
更けていった。
私たちの未来も、
この夜空のように、
どこまでも広く、
そして、
無限の可能性を、
秘めているように感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます