第二十八話:目覚めと魂の共鳴
意識が、温かい光の中に、ゆっくりと浮かび上がっていく。
心地よい、微睡み。ずっとこのまま、この穏やかな感覚に、身を委ねていたい。
そう思った時、遠くから、誰かが私の名を呼ぶ声がした。
『……アリア……』
それは、侯爵様の声。
切なく、そして、必死な響きを持った、彼の声。
(……そうだ。私は、彼に、伝えなければ)
イザベラ公爵夫人の、恐ろしい計画を。
そして、彼に、言わなければならない。
「私は、大丈夫だ」と。
私は、重い瞼を、ゆっくりと持ち上げた。
最初に視界に飛び込んできたのは、見慣れた、自室の天蓋。そして、その横で、私の手を固く握りしめ、憔悴しきった表情で、私を見つめる、レイドン侯爵の姿だった。
「……侯爵、様……」
掠れた声で、私が彼の名を呼ぶと、彼の藍色の瞳が、大きく見開かれた。
その瞳に、安堵と、そして、抑えきれないほどの喜びの色が、浮かび上がる。
「……アリア!気がついたか!」
彼は、私の手を、さらに強く握りしめた。
その手は、震えていた。
「よかった……。本当によかった……」
彼の目から、一筋の涙がこぼれ落ち、私の手の甲を濡らした。
あの、氷の侯爵が、泣いている。
私のために。
その事実に、私の胸は、甘く、そして切なく、締め付けられた。
「……心配、おかけしました」
「馬鹿者。……どれほど、私が、肝を冷やしたと……」
彼は、それ以上、言葉を続けられなかった。ただ、私の手を、自分の額に押し当て、何度も、私の名を、呟き続けた。
私が目を覚ましたという報せは、すぐに屋敷中に広まった。
セバスチャン、リヒト、そして、カレルとサラも、次々と私の部屋へ駆けつけてくる。誰もが、心から私の目覚めを喜んでくれた。
「アリア殿、本当に、ご無事で……!」
「アリア様、もう二度と、あのような無茶はなさらないでください!」
彼らの温かい言葉に、私は、自分が、独りではないということを、改めて実感した。
私には、こんなにも、私のことを想ってくれる、仲間たちがいる。
私が眠っていたのは、丸三日間だったという。
その間、侯爵は、ほとんど不眠不休で、私のそばに付き添っていてくれたそうだ。
「……体は、どうだ。どこか、異常は?」
皆が退出した後、侯爵は、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「はい。もう、大丈夫です。……それに、何だか、不思議な感覚なのです」
「不思議な感覚?」
「ええ。あの禁書が、私の中にいる。でも、以前のように、私を呑み込もうとはしない。まるで、私の一部になったかのように、静かに、そこにいるのです」
私は、自分の内なる声に、耳を澄ませた。
確かに、禁書の「声」は、そこにある。だが、それは、もはや、私を支配しようとする、異質な存在ではなかった。
それは、私と「共鳴」し、新たな力を、私に与えてくれていた。
「……遺物の力が、手に取るように分かる。どうすれば、その力を引き出し、そして、鎮めることができるのかも」
「……それが、禁書との、新たな契約の力か」
「はい。そして、イザベラ公爵夫人の、全てを知りました」
私は、眠りにつく前に禁書から得た、全ての情報を、侯爵に語った。
彼女の悲しい過去、王家への復讐心、そして、王国全土を破滅させようという、狂気の計画。
話を聞き終えた侯爵は、固く、拳を握りしめていた。
「……龍脈の暴走だと? あの女、正気ではない」
「彼女を止めなければなりません。彼女が、国王陛下と『賢者の指輪』を使って、龍脈の封印を解く前に」
「だが、国王陛下の居場所が、分からんことには……」
その時、私は、ふと、あることに気づいた。
禁書と魂が共鳴したことで、私の鑑定能力は、以前とは比べ物にならないほど、鋭敏になっている。
「……侯爵様。陛下の『声』が、聞こえます」
「何?」
「陛下は、今、この王都の、地下深くにいらっしゃる。そして、そのそばに、『沈黙の宝冠』と、『賢者の指輪』の気配が。……イザベラ公爵夫人は、王宮から陛下を連れ出した後、再び、この王都の、どこか別の場所から、地下へと戻ったのです」
私の言葉に、侯爵の目が、鋭く光った。
「王都の地下……。まさか、あの場所か」
彼には、心当たりがあるようだった。
「アルフレッド将軍を陥れた、ダリウス公の、古い屋敷跡。……現在の、国立古文書館。夜会で、お前が、その存在を暴いた、あの場所だ」
「……!」
「あの古文書館の地下には、王宮の地下通路と繋がる、秘密の道があるという、古い言い伝えがある。……おそらく、そこだ。イザベラは、そこに陛下を幽閉し、龍脈の封印を解くための、儀式の準備を進めているに違いない」
全てのピースが、繋がった。
敵の本拠地は、分かった。あとは、そこに乗り込み、陛下を救出し、イザベラの野望を砕くだけだ。
「……だが、古文書館は、今、プラチドの息のかかった衛兵たちによって、固く封鎖されている。正面から乗り込むのは、自殺行為だ」
リヒトが、難しい顔で言う。
「ならば、裏から、行けばいい」
その時、今まで黙って話を聞いていた、サラが、不敵な笑みを浮かべて言った。
「王都の下水道は、我々『遺物守り』の、庭のようなもの。古文書館の地下へと繋がる、秘密の抜け道の一つや二つ、心得ておりますとも」
彼女の言葉に、私たちは、顔を見合わせた。
そして、皆の目に、同じ、闘志の光が宿る。
「……決まりだな」
侯爵が、力強く言った。
「今夜、我々は、国立古文書館へと、潜入する。そして、陛下を救出し、イザベラに、最後の戦いを挑む」
それは、この国の運命を決する、最終決戦の、始まりの合図だった。
私は、侯爵の手を、再び、強く握りしめた。
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