第二十九話:潜入、国立古文書館
その夜、王都は、偽りの静寂に包まれていた。
国王陛下が発した「宣戦布告」により、街は戒厳令下にあり、夜間の外出は固く禁じられている。家々の窓からは灯りが漏れず、月明かりだけが、石畳の道を、青白く照らし出していた。
そんな闇に紛れて、私たちは、王都の下水道を、音もなく進んでいた。
先頭を行くのは、松明を片手に、淀みなく道を示すサラ。その後ろに、私と侯爵、そして、リヒトとカレルが続く。
悪臭と、湿った空気が、肌にまとわりつく。だが、私たちの心は、決戦を前に、熱く燃え上がっていた。
「……見えてきました。あれが、古文書館の地下へと繋がる、秘密の水路です」
サラが、指し示す。
壁の一部に、他とは違う、比較的新しい石で塞がれた、不自然な一角があった。
「ここからは、私が」
カレルが一歩前に出ると、その石壁に、そっと手を触れた。そして、古文書館の設計図を、頭の中に思い浮かべながら、石の配置を、パズルのように、動かしていく。これもまた、『遺物守り』に伝わる、特殊な解錠術の一つなのだろう。
やがて、ゴゴゴ、と低い音を立てて、石壁が、横へとスライドした。
その向こうには、上へと続く、乾いた石の階段が現れた。
「……よし。行くぞ」
侯爵の低い声に、私たちは、頷き合った。
階段を上りきると、そこは、埃っぽい、カビ臭い空間だった。
国立古文書館の、地下書庫。夜会で、私がその存在を暴いた、英雄アルフレッド将軍を陥れた、罪の証拠が眠る場所。
書庫の中は、迷路のように入り組んでいた。壁一面の本棚には、古今東西の書物が、びっしりと並べられている。
「……気配が、二つあります」
私が、囁いた。
禁書と共鳴した私の感覚は、この建物の中に潜む、全ての「気」を、捉えることができる。
「一つは、奥の部屋から。強く、そして、穢れた、イザベラ公爵夫人の魔力。……そして、もう一つは、その手前の大広間から。多数の、武装した兵士たちの気配です」
「やはり、待ち伏せか」
リヒトが、剣の柄に手をかける。
「サラ、カレル。お前たちは、ここで待機していてくれ。我々が、陛下を救出した後の、脱出路を確保しておいてほしい」
「承知いたしました。閣下、ご武運を」
侯爵の指示に、二人は、頷いた。
そして、私、侯爵、リヒトの三人は、息を潜め、音もなく、大広間へと続く、扉へと近づいた。
扉の隙間から、中の様子を窺う。
そこは、かつて、ダリウス公の舞踏室だったであろう、広い空間だった。だが、今は、祭壇のようなものが組まれ、その周りを、十数名の、黒装束の兵士たちが、固めている。
彼らは、過激派貴族の、私兵たちだろう。
そして、その祭壇の中央には、一人の男が、椅子に縛り付けられていた。
国王陛下だ。
彼の瞳は虚ろで、意識はない。その指にはめられた、『沈黙の宝冠』が偽装された指輪が、不気味な光を放っている。
だが、そこに、イザベラ公爵夫人の姿はなかった。
「……様子が、おかしい」
侯爵が、眉をひそめる。
まるで、我々が来ることを、知っていたかのような、布陣。
その時だった。
広間の奥の扉が、ゆっくりと開き、一人の男が、姿を現した。
「……プラチド、殿下……!」
リヒトが、驚愕の声を上げる。
そこにいたのは、失踪したはずの、第二王子、プラチドだった。
その手には、『沈黙の宝冠』が、禍々しい輝きを放ちながら、握られている。
「よく来たな、侯爵。そして、アリア嬢」
プラチド殿下は、歪んだ笑みを浮かべた。
その瞳は、野心と、狂気に、ギラギラと輝いている。
「貴様らの来ることは、お見通しだった。イザベラは、もはや用済みよ。あの女は、我が野望のための、ただの駒に過ぎん」
「何……!?」
彼の言葉に、私たちは、衝撃を受けた。
イザベラ公爵夫人が、黒幕ではなかったというのか。真の黒幕は、やはり、このプラチド殿下、その人だったのだ。
「あの女の復讐心を利用し、禁書の写しを研究させ、そして、国王の誘拐と、この戦争の計画、全てを、あの女に実行させた。私は、ただ、その後ろで、糸を引いていただけよ」
彼は、楽しそうに、自らの罪を、告白する。
「そして、貴様らとイザベラが潰し合っている間に、私は、この宝冠の力を、完全に、我がものとした。もはや、この国に、私に逆らえる者など、誰一人おらん!」
プラチド殿下が高らかに笑うと、彼の体から、凄まじい魔力が、迸った。
黒装束の兵士たちが、一斉に、私たちに剣を向ける。
「……リヒト。お前は、陛下を」
侯爵が、低い声で命じた。
「アリア。お前は、私と共に、来るのだ」
「はい!」
私たちは、同時に、駆け出した。
リヒトが、国王陛下を縛る縄を断ち切るため、兵士たちの壁に、突撃していく。
そして、私と侯爵は、全ての元凶である、プラチ-ド殿下へと、一直線に向かっていった。
広間に、剣と剣がぶつかり合う、甲高い音が響き渡る。
侯爵が、プラチド殿下の前に立ちはだかり、その剣を、受け止めた。
「アリア! 宝冠の呪いを解け! それを破壊しない限り、奴を倒すことはできん!」
侯爵の叫び声が、私を現実に引き戻す。
そうだ。私がすべきことは、ただ一つ。
プラチド殿下が持つ、『沈黙の宝冠』。その呪いを、私の力で、無力化すること。
私は、彼の背後から、プラチド殿下へと、意識を集中させた。
そして、禁書との契約で得た、最大の力を行使する。
「――『声よ、響け!』」
私の魂からの叫びが、呪われた宝冠の、記憶の奥深くへと、侵食していく。
プラチド殿下が、苦痛に顔を歪ませる。
「小賢しい真似を……!」
だが、彼は、すぐさま体勢を立て直し、宝冠の力を、さらに解放した。
凄まじい呪いの力が、私を、そして、侯爵を、同時に襲う。
「ぐ……っ!」
私たちは、その圧倒的な力の前に、吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。
これが、完全に制御された、呪われた遺物の力。
あまりにも、強すぎる。
「ハハハ! 無駄だ、無駄だ! もはや、誰も、私を止めることはできん!」
プラチド殿下の、狂気に満ちた高笑いが、広間に響き渡る。
絶望的な、状況。
だが、その時、私の脳裏に、禁書の「声」が、直接、響いてきた。
『……愚かな娘よ。力とは、力で制するものではない。……その流れを、読み、そして、利用するのだ……』
その言葉が、私に、新たな道を示してくれた。
そうだ。宝冠の呪いに、正面から立ち向かう必要はない。
その力の流れを、別の方向へと、逸らしてやればいいのだ。
私は、床に手をつき、再び、立ち上がった。
そして、不敵な笑みを浮かべるプラチド殿下を、まっすぐに見据えた。
「……まだ、終わりでは、ありませんわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます