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「そうじゃありません。病死なのは覆らない事実です。ただもしもう少し早く気がついていたら最愛の旦那さんの命は助かっていたかもしれないわけですし。美穂さんが気に病まれてもいけませんので」

 加藤は熱くなっている水戸に静かに語りかけた。

「最愛? ああ、確かにもともと病院で働いてた美穂さんならそういうことで気に病んでしまうかもしれないわね。でも最愛の旦那とは思わないわね。少なくとももし私が旦那が倒れたのを知っていたら救急車なんて絶対呼ぶなって言ったし」

「はい?」

「警察っていうのは夫の暴力やストーカー行為には甘いくせに。夫が病死すると妻のせいにするわけね」

「DVですか? 警察には相談されていたんですか?」すかさず加藤が身を乗り出した。「僕も異動前はそういう相談を受ける部署にいたんです。地域のシェルターにも何度もお世話しました」

 それを聞いて般若のようだった水戸の表情が和らいだ。

「あら、シェルターなんて知ってるんだ? 男性なのに珍しい」

「男性が対応するのは嫌だったかもしれませんけど。それでも相手にはある程度の抑止力になりますから」

「まあ、そうね」水戸は満足げにフンと鼻を鳴らした。

「あの、美穂さんはその件で警察に相談していたんですか?」

「してないわよ」

 水戸の答えに加藤も箕島も首を捻った。水戸の剣幕だと警察に相談していた可能性も考えられたのだが。

「ああ、何度か警察沙汰になったことがあったわよ。でもねえ」水戸は眉間に深い溝を刻んだ。「夫婦喧嘩はもう少し穏やかにやって下さいって言われて終わり」

「なんすか、それ!?」加藤の言葉が荒くなる。つい素が出てきてしまったようだ。

「若いわけでも新婚ってわけでもなかったからみたい。いままで上手くやってきたんだからって。ホント警察ってアテにならないわ!」

「酷い話ですね」

「一度だけ大きな騒ぎになったみたいだけど」

「何か大きな怪我でも負ったんですか?」箕島が口を挟むと水戸は厳しい目を箕島に向けた。

「酔って美穂さんが殴られるなんてよくあることだったの。でもその日はいつもより酒に溺れていたらしく、大暴れして手がつけられなかったらしいわ。何かあったのかと心配して駆けつけてくれたお隣の人を殴ったらしいから」

 箕島と加藤は思わず顔を見合わせた。

「当時は自分でやってた事業もうまくいかなくなってたみたい。それで余計に荒れて。けど結局はそこにいられなくなって家を売ることになったらしいわ。殴ったお隣さんともお金で解決したらしいし。だから前科はないの」

 記録は残ってるかもね。水戸はそう続けて肩をすくめた。

「いま住んでるところは美穂さんの実家。美穂さんが相続してるはずよ。だからお金目当てで殺したとか間違っても思わないでね」

 そんなことは思っていない。思わず箕島は口に出しそうになった。どうにも水戸はひと言多く箕島は辟易してきた。

「──もし美穂さんから救急車を呼んで欲しいって言われてたらどうしました?」

 加藤の質問に箕島はギョッとした。たまにとんでもない質問を投げるところがこの優秀な後輩の困ったところだ。

「そうね、やめておきなさいって言ったでしょうね。助けてくれてありがとうってタイプじゃないもの。知らないふりしとけって言ったと思うわ。それって何かの罪になるのよね? 私を逮捕するつもり?」

「いいえ、そんなつもりは」加藤は困ったような愛想笑いを浮かべた。

「でも残念ながら物音ひとつしなかったわ──いえ、そういえばエルザが皿をひっくり返したとかで一度だけ音はしたわね。エルザもなんであんな旦那の後を追うように死んじゃったのかしら」

「エルザ? 犬ですか?」

「実家で飼ってた猫。美穂さんのお母様を実質看取ったのがエルザだから。相当高齢だったけど、もっと長く美穂さんと暮らしたかったでしょうねえ」

「猫、ですか」

「調子が悪いって聞いてたから心配したの。でも扉を開けて確認したら、起きあがろうとしてお皿をひっくり返しただけだって。もちろんエルザの体調が急変したとかならすぐに病院に連れて行ってって言ったわよ。打ち合わせなんてまたリスケすればいいだけなんだから」

「はあ」

 どうにも旦那に対しての攻撃力が高すぎると箕島はそっと心の中でため息をついた。おそらく水戸は男性全体に敵意があり、特に力を振りかざす男性には容赦ないという感じだった。これ以上聞いても水戸の言葉は事実かどうかも怪しいところだと箕島は思った。


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